2013年11月〜2014年8月 掲載
2013年
10月
31日
木
平成25年11月1日
本年4月、改正予防接種法が施行され、子宮頚癌予防ワクチン(ヒトパピローマウィルス(HPV)ワクチン)がようやく定期接種(公費助成により対象年齢者は無料)として広く実施される事になりました。
ところが、6月14日に厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会の副反応検討部会が開催され、HPVワクチン接種後に持続的な疼痛(とうつう)を訴える症例の報告がなされました。
そして、「副反応の発生頻度がより明らかになり国民に適切な情報提供ができるまでの間、HPVワクチンの積極的な接種勧奨について一時差し控える」方針が決定されました。
その結果、子宮頚癌予防ワクチン(HPVワクチン)は、定期接種でありながら、接種勧奨が中止されました。
積極的な勧奨が再開されるまでの間、接種者が大幅に減少する事が想定されます。
また、接種を見合わせた人の中から、将来、大勢の子宮頚癌患者が発生する事が予想されます。
では、6月14日に厚生労働省健康局長より各都道府県知事宛(あ)てに発出された勧告を抜粋して示します。
「ヒトパピローマウィルス感染症の定期接種の対応について(勧告)
1.自治体は積極的な勧奨とならないよう留意する。
2.定期接種を中止するものではなく、希望者が定期接種を受ける事ができるよう、接種機会を確保する。
3.接種する場合は、積極的な勧奨を行っていない事を伝えると共に、ワクチンの有効性および安全性等について十分説明する。
4.副反応症例の速やかな調査を行い、評価し、積極的な勧奨の再開の是非を判断する予定である。」
なんと回りくどい表現でしょうか。
「積極的には勧めない」定期接種ワクチンとは、一体どんなワクチンでしょうか?
打つべきなのか、打たない方が良いのか、全く分かりませんね。
子宮頚癌の疫学や発生病理に無知な大多数の国民(特に思春期の女子やその親)が、この勧告を見て、HPVワクチンを打つ気になるでしょうか?
藤沢市でも事実上、HPVワクチン接種は停止しています。
当院でも、この勧告が出て以降、HPVワクチン接種を希望する人は一人もいません。
国はワクチン行政の責任を放棄しているとしか思えません。
厚労省発表の当日のNHKニュースでは、持続する四肢の痛みとけいれんを発症している女子の衝撃的な映像が流れ、視聴者に「HPVワクチンの恐怖」を植え付けるのに十分の効果を発揮していました。
しかしながら、HPVワクチンの副反応だけでなく、子宮頚癌の現状やHPVワクチンの作用機序などについて正確な情報を伝える報道を、残念ながら私は見た事がありません。
第一、HPVワクチン接種勧奨中止を決めた検討部会の委員10名の中には、子宮頚癌診療に携(たずさ)わる産婦人科医が一人もいないのです。
予防接種の被害を軽視してはいけませんが、被害があったからと言って「予防接種なんか止めてしまえ」という結論を軽々(かるがる)しく下してはいけません。
それでは、幼児的な思考停止です。
当院の若い女子職員達も、それまでHPVワクチンの接種を希望していたにもかかわらず、思考停止してしまいました。「怖いから打ちたくない」と言い出したのです。
本欄の目的は、HPVワクチンの効用と副反応の両面を客観的に比較検討し、皆さん(当院職員を含む)に冷静に判断して頂く一助とする事です。
次号へ続く
2013年
11月
30日
土
平成25年12月1日
前号で、子宮頚癌予防ワクチンを巡(めぐ)って右往左往する行政の愚かさと、そのしわ寄せを食らった医療現場が大混乱している事を述べました。
今月からは、ワクチンで何を防げるか、子宮頚癌とはどんな疾患か、ワクチンでどんな副反応があるかについて順に説明します。
ワクチンや予防接種について解説する場合、天然痘(てんねんとう)予防のために開発された種痘(しゅとう)にまつわる話から紹介するのが理解しやすいと思います。
今から200年以上前の1796年、イギリス人医師ジェンナーが8歳のフィップス少年に対して行ったのが世界初のワクチン接種とされています。
当時、天然痘は、天然痘ウィルスが起こす致死率40%という恐ろしい感染症でした。
一方、牛には人の天然痘に似た病気があり、牛痘(ぎゅうとう)と呼ばれていました。
牛痘は天然痘とは異なり、人に感染しても症状は軽微でした。
牛乳絞りの女性達には天然痘に罹(かか)る人がほとんどいませんでした。
彼女達は多くの乳牛に接するために、牛痘に感染する機会が多かったのです。
牛痘は人には軽い発熱や発疹を起こすだけで、天然痘のような重症の感染症を起こしません。牛乳絞りの女性達の手には、牛痘に感染した事を示す瘢痕(はんこん)が残っていました。
当時は、天然痘や牛痘の病原体がどのようなものか分かっていませんでしたが、ジェンナーは次のように推察しました。
1.牛痘に感染した人や牛の膿(のう)(うみ)には、病気を起こす原因物質が残っているだろう。
2.牛痘と天然痘は重症度に違いはあるが、似たような病気だろう。
3.牛乳絞りの女性達は、牛痘に感染すると体内に抵抗力が生まれ、その後は牛痘だけでなく、牛痘に似た天然痘にも罹らなくなるのだろう。
4.牛痘を接種して、あらかじめ弱い病気を起こしておけば、牛痘に自然感染した牛乳絞りの女性達のように体内に抵抗力が生まれ、後から恐ろしい天然痘が流行しても発症しなくて済むだろう。
そこで、ジェンナーは牛痘に感染した牛乳絞りの女性の病変部の膿を取って、フィップス少年の上腕部に接種しました。
少年の接種部位が腫(は)れましたが、全身感染には至らず、局所に瘢痕を残しただけでした。
少年はその後、病原体を含むと思われる天然痘患者の膿を接種されましたが、天然痘を発症しないで済みました。
「種痘」という言葉は、天然痘の種を植え付けるという意味です。
次号へ続く
2014年
1月
02日
木
平成26年1月1日
明けましておめでとうございます。
今年も、面白く、ためになる話題を提供しますので、お付き合い下さい。
一般向けの本には、ジェンナーは最初に我が子に対して種痘の実験を行ったと書かれていますが、そうではなく、他人の少年を実験台にしたのです。
当時は、牛痘や天然痘患者の膿を接種する事によって、どのような事態が起こるか、予防効果がどの程度か全く分からなかったのです。さすがのジェンナーも、愛する我が子を最初の実験台にするだけの確信と勇気が持てなかったのでしょう。
現代の倫理基準からすると、著しく人道に反した凄(すさ)まじい人体実験により、少年が牛痘の接種によって天然痘に対する抵抗力を獲得した事が明らかになったのです。
こうして、ジェンナーは「あらかじめ弱い病気に罹(かか)らせておけば、それに似た恐ろしい病気が流行しても罹らないで済む」事を実証したのです。
ジェンナーの開発した種痘のお蔭で天然痘の患者は激減し、1979年以降、世界中で一人の患者も発生していません。
ついに、1980年、WHO(世界保健機関)は天然痘根絶宣言を行いました。
もはや、自然界において、天然痘ウイルスは存在しないという訳です。
もちろん、私も医師になって32年間、天然痘の患者を診た事は一度もありません。
自然界には天然痘以外にも恐ろしい感染症が沢山あります。
炭疽(たんそ)、結核、破傷風、ポリオ、麻疹、新型インフルエンザなど枚挙に暇(いとま)がありません。
こうした疾病(しっぺい)にも、天然痘における牛痘のような、似た弱い病気を起こすものがあれば、それを用いて予防接種をする事ができます。
しかし、似た弱い病気は滅多(めった)に見つかるものではありません。
後(のち)に「免疫学の父」と呼ばれたフランスの細菌学者パスツールは、自然界から似た弱い病気が見つからないのであれば、弱い病気を起こすものを人工的に作り出せば良いと考えました。
彼は、病原性の高い炭疽菌を動物に植え継ぐ事で、病原性の弱い炭疽菌の変異(へんい)株(かぶ)を得ました。
これを注射した羊は、後(あと)から病原性の強い炭疽菌を注射しても炭疽を発症しませんでした。パスツールは炭疽の予防接種に成功したのです。
パスツールは炭疽ワクチンの後、狂犬病ワクチンも開発し、狂犬に咬まれた少年の命を救いました。
この少年は命の恩人(パスツール)の研究所の守衛になりましたが、第一次世界大戦で
悲劇に襲われました。
パリに侵略したドイツ兵達がパスツールの墓を暴(あば)こうとしたのです。
彼は恩人の墓を守ろうと必死に抵抗しましたが、力尽き、自殺したそうです。
パスツールは「人工的に弱い病気を起こさせて、それに似た恐ろしい病気を予防する材料となる物質」をワクチン(vaccine)と名付けました。
vaccineは雌牛のラテン語vaccaに由来しています。
パスツールは偉大な先人・ジェンナーの牛痘を用いた種痘の成功に敬意を表したのです。
何度も述べたように、ワクチンは「弱い病気を起こさせて、それに似た恐ろしい病気を予防する物質」です。この世に、完全に安全なワクチンなど存在しません。
将来いかに医学が発達しても、副作用(副反応)ゼロのワクチンは開発されないでしょう。
何しろ、原料が恐ろしい病原微生物やそれらが産生する毒素なのですから、当然です。
現在は様々な工夫が凝(こ)らされ、副作用が極めて弱い良質のワクチンが開発されていますが、完璧に安全なワクチンなどあり得ないのです。
医療関係者は予防接種を行う際に「このワクチンには副作用がありません」という説明をするべきではありませんし、受ける患者も副作用ゼロを期待してはいけません。
どんなに優れたワクチンでも、10万分の1、100万分の1といった微小な確率で有害な副作用が生じる事は避けられないのです。
次号へ続く
2014年
1月
31日
金
平成26年2月1日
前回、副作用(副反応)ゼロのワクチンは存在しない事を説明しました。
子宮頚癌予防ワクチン(HPVワクチン)と同じく昨年4月より定期予防接種(公費助成により対象年齢者は無料)となったHib(ヒブ)ワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンでも同様です。
我が国では昨年3月までに、Hibワクチンの副反応として、熱性けいれん9件、発熱8件、けいれん5件が報告されています。
推定接種者数は140万人です。
14万人~28万人に1人の確率です。
小児用肺炎球菌では、発熱17件、けいれん3件です。
推定接種者数が70万人ですので、5万人~20万人に1人の確率です。
HPVワクチンについては後で詳しく述べますが、HPVワクチンが特別に危険だとは見なせないのです。
では、子宮頚癌について少し詳しく説明しましょう。
性の開放が広がった今日、性行為の形態も多様化しました。
昔は恥ずかしくて言葉に出せなかった同性愛も、今では堂々と市民権を獲得し、フランス、スウェーデンなどの諸国やアメリカの一部の州で同性婚が認められています。
このような世情を反映して、男女間の性行為を介して発症する「性病」という言葉に替わり、より広い意味を持った「性媒介感染症」という言葉が微生物学では主流になりました。
我が国では性媒介感染症の患者が予想外に多い事が分かってきました。
特に、性器クラミジア症と淋病の2つで100万人以上の患者がいるそうです。
その次に多いのが性器ヘルペスと尖圭(せんけい)コンジローマです。
尖圭コンジローマという病名は読者の方にはなじみが薄いかも知れませんが、陰部粘膜の増殖により出現する疣贅(ゆうぜい、イボ)を指します。
尖圭コンジローマの疣贅(ゆうぜい、イボ)はヒトパピローマウィルス(HPV)(以下、パピローマウイルス)の感染によって生じます。
痛みも痒(かゆ)みもなく、癌化する事もありません。
免疫力によって自然に退縮する事もあります。
パピローマウイルスには100以上の遺伝子型がありますが、尖圭コンジローマの原因となるのはパピローマウィルス6型と11型です。
これとは別に16型、18型など15種類ほどのパピローマウイルスが膣と子宮体部の間の子宮頚部の粘膜に感染すると、異形成(細胞の異常)を生じ、次第に悪性化して子宮頚癌となることがあります。
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2014年
2月
28日
金
平成26年3月1日
ほとんど全ての子宮頚癌はパピローマウイルスの感染によって生じます。
子宮頚癌は若年女性に多く発生する癌であり、20~30歳代の女性に発生する悪性腫瘍の中で第1位を占めています。出産・子育て世代の女性を襲う疾患であるため、欧米ではマザーキラーと呼ばれています。
我が国では年間約15,000人が新たに子宮頚癌に罹患(りかん)し、約3,500人が子宮頚癌で死亡していると推定されます。
しかも、若年女性における子宮頚癌の発生頻度は増加の一途を辿(たど)っています。
ここ20年で日本の20~30歳代の子宮頚癌患者数が2倍以上に増加しました。
今後さらに1.5倍以上に増えると予想されています。
性交渉開始の低年齢化が最大の原因と考えられます。
子宮頚癌による死亡が増加するという事は、母親を失う子供、妻を失う夫、娘を失う親が増えるという事です。
子宮頚癌の罹患数が増加するという事は、生命を脅(おびや)かされ、生活の質が低下する女性が増えるという事ですが、それだけに留(とど)まりません。
初婚年齢が高齢化し少子高齢化が進む中、日本の将来を担(にな)う世代の誕生に必要不可欠な子宮を失う事に繋(つな)がるという点で、国難とも言える大問題です。
パピローマウィルスは性行為によって感染します。性媒介感染症の1種です。
昔から、修道院に若いうちに入って修道女としての生活をしている女性は子宮頚癌になりにくい事が知られています。異性との関係が希薄なため、生殖器がパピローマウイルスに感染する機会が少ないためです。
日本人女性が一生のうち一度でも、パピローマウィルスに感染する確率は80%と考えられています。ただし、16型、18型などの発癌性のパピローマウィルスの感染によって、すぐに癌になるのではありません。
99%はウィルスが自然に消退し、1%弱が感染後10年以上かかって癌化するのです。
どのような女性で癌化するのか、その機序は解明されていないため、感染した全ての女性が子宮頚癌を発症する危険があると言えます。
若者達の性の乱れがパピローマウィルス感染の危険を高めている事は確実です。
しかし、たった一度でも性交渉の経験がある女性なら、誰でも感染する可能性があります。事実、通常の結婚生活を送っている女性にも子宮頚癌は発生します。
従って、子宮頚癌になった女性を「異性関係がお盛ん」と見なすのは間違いです。
子宮頚癌の原因となるパピローマウィルスの70%を占めるのが16型と18型です。
パピローマウィルスによる子宮頚癌を予防するためのワクチンがアメリカと欧州の製薬会社によって開発されました。
既に120カ国以上で承認され、接種費用を公費で助成する国も40カ国以上あります。
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2014年
3月
31日
月
平成26年4月1日
我が国でも、諸外国に遅れて(何と世界で100番目という遅さです)、2つの子宮頚癌予防ワクチン(HPVワクチン)が使用できるようになりました。
すなわち、2009年(平成21年)に承認されたサーバリックス(GSK社)と、2011年(平成23年)に承認されたガーダシルです(MSD社)。
サーバリックスもガーダシルも共に16型と18型のパピローマウィルス感染をほぼ100%予防します。なお、ガーダシルは6型と11型のパピローマウィルスによる尖圭(せんけい)コンジローマも予防します。
これら2つのワクチンは、全ての子宮頚癌を予防する訳ではありませんが、16型と18型の子宮頚癌の予防には極めて有効です。
子宮頚癌の原因となるパピローマウィルスの70%が16型と18型ですので、これらのワクチンで子宮頚癌の70%が予防できることになります。
HPV感染は性交渉と共に増加するので、性交渉を開始する前に接種するのが最も効率的です。我が国では中学1年生から高校1年生までが公費接種対象年齢です。
自治医大さいたま医療センター産科婦人科の今野教授らの研究でも、12歳児全員がHPVワクチンを接種した場合、子宮頚癌の発生数、死亡数を共に70%減少させると推計されています。
この推計を元に、女性がどの位の確率で子宮頚癌に罹(かか)り、どの位の確率で子宮頚癌で死ぬのか、計算してみましょう。
先月述べたように、我が国では年間約15,000人が新たに子宮頚癌に罹患(りかん)し、約3,500人が子宮頚癌で死亡しています。
日本の人口を約1億人として、女性はおよそ半分ですから約5,000万人です。
その内、年間15,000人が子宮頚癌に罹患するのですから、女性1人当たり、年間の罹患率は15,000/50,000,000 すなわち0.0003です。
従って、1年の間に子宮頚癌に罹らない確率は1-0.0003=0.9997となります。
女性の平均寿命を80歳とすると、一生の間に一度も子宮頚癌に罹患しない確率は0.9997の80乗の0.976282となります。
同様に、子宮頚癌で年間3,500人死亡するのですから、女性1人当たり、年間の死亡率は3,500/50,000,000すなわち0.00007です。
従って、1年の間に子宮頚癌で死なない確率は1-0.00007=0.99993となります。
一生子宮頚癌で死なない確率はこれの80乗で0.994415となります。
では、12歳児全員がHPVワクチンを接種した場合、これらの数値がどうなるか、計算してみましょう。子宮頚癌罹患数が70%減少するのですから、1,5000×0.3=4,500人となります。年間の罹患率は4,500/50,000,000すなわち0.00009です。
1年の間に子宮頚癌に罹らない確率は1-0.00009=0.99991です。
従って、一生の間に一度も子宮頚癌に罹患しない確率は、これの80乗で0.992826です。
同様に、子宮頚癌死亡数も70%減少するのですから、3,500×0.3=1,050人となります。
年間の死亡率は1,050/50,000,000すなわち0.000021です。
1年の間に子宮頚癌で死なない確率は1-0.000021=0.999979です。
一生子宮頚癌で死なない確率は、これの80乗で0.998321となります。
以上より、12歳児全員がHPVワクチンを接種した場合、人生を通じて子宮頚癌に罹患しない確率が0.976282から0.992826に改善し、子宮頚癌で死なずに人生を全うする確率が0.994415から0.998321に改善する事になります。
改善度は、前者が0.992826-0.976282=0.016544 (約17/1,000)、
後者が0.998321-0.994415=0.003906 (約4/1,000)です。
つまり、女性1,000人にHPVワクチンを打つと、その内17人が子宮頚癌に罹らずに済み、4人が子宮頚癌で死なずに済む訳です。
もちろん、正確には日本の人口は1億人よりも多いですし、女性の平均寿命も80歳より長いです。子宮頚癌の罹患数や死亡数も年齢層により異なります。
しかし、概算によりHPVワクチンの効果を具体的な数値で知る事ができました。
これは、次回以降の副反応の頻度と比較する事により、重要な意味を持ちます。
次号へ続く
2014年
4月
30日
水
平成26年5月1日
前回、女性1,000人に子宮頚癌予防ワクチン(HPVワクチン)を打つと、その内17人が子宮頚癌に罹(かか)らずに済み、4人が子宮頚癌で死なずに済むという効果が判明しました。
しかし、昨年11月1日付けの本欄で述べたように、昨年6月14日の厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会の副反応検討部会で、HPVワクチン接種後に持続的な疼痛を訴える症例の報告がなされました。
そして、同日、厚生労働省健康局長より各都道府県知事宛てに、「副反応の発生頻度がより明らかになり国民に適切な情報提供ができるまでの間、HPVワクチンの積極的な接種勧奨について一時差し控える」勧告が出されました。
その結果、HPVワクチンは、定期接種(接種対象年齢は無料)でありながら、事実上、全国一斉に接種が停止しています。
今後、接種を見合わせた人の中から、大勢の子宮頚癌患者が発生する事が予想されます。
国はワクチン行政の責任を放棄しています。
マスコミもショッキングな映像を流し、視聴者に「HPVワクチンの恐怖」をむやみに植え付ける事に終始しています。
HPVワクチンの効用と副反応を正確に国民に伝える事を怠っているのです。
第一、HPVワクチン接種勧奨中止を決めた検討部会の委員10名の中には、子宮頚癌診療に携わる産婦人科医が一人もいないのです。
物事を判断するに当たり、その一面だけを見て、別の側面を無視してはいけません。
本欄の目的は、HPVワクチンの効用と副反応を公平に見比べて、正当に判断する事にあります。
では、HPVワクチンに伴う「疼痛関連症例等」の副反応とはどのようなものなのか、検討しましょう。
1.サーバリックス(GSK社、平成21年12月販売開始)
販売開始以来、平成25年3月末まで、接種延べ人数:6,957,386人
同期間の「重篤」な副反応:91例 その内、接種と関連有りと推測されるもの:58例
副反応の内容:注射部位の疼痛、発熱、失神、意識消失、血圧低下、四肢痛など
死亡:ゼロ
2.ガーダシル(MSD社、平成23年8月販売開始)
販売開始以来、平成25年3月末まで、接種延べ人数:1,688,761人
同期間の「重篤」な副反応:15例 その内、接種と関連有りと推測されるもの:8例
副反応の内容:失神、意識消失、血圧低下、けいれんなど
死亡:ゼロ
両者を合計すると、2つのHPVワクチンを延べ8,646,147人に接種した結果、接種と関連あると考えられる「重篤」な副反応が66人に生じたという事です。
「重篤」な副反応の発生率は0.000007633です。
すなわち、100万人に接種すれば8人、10万人に接種しても1人発症するかどうかです。
1,000人や1万人のレベルなら発症率はほぼゼロです。
ここで注意しておきたいのは、上の報告における「重篤」という言葉が必ずしも「重症」を意味している訳ではないという事です。
すなわち、報告者(医師だけなく、患者本人やその家族も含まれます)が「重篤」と判断した例は、すべて「重篤」としてカウントしているのです。
従って、「重篤」の症例の中には、医学的には重症と呼べない例が少なからず含まれています。
次号へ続く
2014年
5月
31日
土
平成26年6月1日
本欄の目的が、HPVワクチンの効用と副反応を公平に見比べて、正当に判断する事にあると繰り返し述べました。
リスクの情報に接した際に、リスクがあるか・ないかではなく、その程度はいかほどなのか?という定量的な視点を持つ必要があります。
ワクチンの副反応についても同様です。
効用と副反応を定量的に比較する必要があるのです。
そもそも、どんなものについてであれ、「絶対に安全である」事をデータによって証明する事は原理的に不可能です。
100%安全、危険(リスク)がゼロである事などあり得ないのです。
とかく、我々日本人は、現実にはあり得ないゼロリスクをひたすら求める傾向があります。小生の大学同級生、池田正行氏(現、香川大学医学部客員研究員、米国内科学会上級会員)はこれを「ゼロリスク探求症候群」と名付けています。
リスクの大きさとその根拠を伝えずに、やたらとリスクの存在のみを強調したら、正しい判断はできません。
昨年6月の厚生労働省のHPVワクチン勧奨中止勧告は、まさしく、ゼロリスク探求症候群に陥(おちい)った腰抜け役人の仕業(しわざ)です。
ゼロリスクなどあり得ないのですから、リスクの大きさを統計に基づいて評価・検討する必要があるのです。
前々回と前回に、私は以下の統計を明らかにしました。
女性1,000人に子宮頚癌予防ワクチン(HPVワクチン)を打つと、その内17人が子宮頚癌に罹(かか)らずに済み(罹患(りかん)回避率0.016544)、4人が子宮頚癌で死なずに済みます(死亡回避率0.003906)。
一方、2つのHPVワクチン(サーバリックス、ガーダシル)を延べ8,646,147人に接種した結果、接種と関連あると考えられる重篤(じゅうとく)な副反応が66人に生じました(発生率は0.000007633)。
死亡はゼロです。
この統計から以下の結論が導き出されます。
HPVワクチンにより、重篤な副反応を生じる可能性の2167倍(0.016544/0.000007633)の確率で子宮頚癌罹患を予防でき、512倍(0.003906/0.000007633)の確率で子宮頚癌による死亡を防止できます。
HPVワクチン接種をためらう方は、この数値を見て冷静に考えて欲しいと思います。
心理学に「プロスペクト理論」という概念があります。
リスクがゼロである事と、極微小のリスクが存在する事の間には、心理的に大きな違いがあるというのです。
極微小のリスクであっても人はそれを過大評価し易く、リスクをどんなに削減してもゼロにしない限り人は満足しないのです。
「たとえ、滅多(めった)に起こらない副反応でも、本人にすれば100%だ」という意見を耳にする事がよくあります。
まさしく、これがプロスペクト理論に該当する心理です。
次号へ続く
2014年
6月
30日
月
平成26年7月1日
統計によると、人の一生に於(お)いて、種々の原因で死亡する確率は以下の通りです。
喫煙0.064、交通事故0.0072、火事0.00136、落雷0.0000016 です。
HPVワクチンによる副反応を恐れて、娘さんへの接種をためらっているお母さん方へ。
・タバコで死ぬ確率の方が8,400倍も高いですよ。あなたやご主人が喫煙者なら、まず禁煙する方が、ワクチン接種を控えるより、はるかに有効で、価値が高いのです。
・交通事故で死ぬ確率の方が1,000倍も高いですよ。
お嬢さんにワクチンを打てないのなら、明日から外を歩けません。
ワクチンの副反応よりも、交通事故で死ぬ危険の方が1,000倍も高いのですから。
・火事で死ぬ確率の方が200倍も高いですよ。お嬢さんにワクチンを打つのが怖いのなら、お宅の火の用心をする方が200倍も有効ですよ。
・お嬢さんにワクチンを打つのをためらうのなら、明日から外に出ないで下さい。
ワクチンの副反応も、雷に打たれて死ぬのも、同じ確率ですから。
ハーバード大学のリスク解析センターでは、リスクを人々が強く感じるようになってしまう10の要因を発表しています。
①恐怖心:恐怖を感じる事態に人は強くリスクを感じます。
昨年6月、テレビ各社が放送した映像に恐怖を感じた方が多い筈(はず)です。
②制御不能:自分がコントロールできないリスクを人は大きく感じます。
注射の副反応は制御不能と考える方が多いでしょう。
③人工物:「自然」嗜好(しこう)の人が多いです。「自然のままの」「ナチュラルな」という言葉に人は引き寄せられてしまいます。一方、人工物には極めて厳しいのです。
ワクチンも人工物の一つです。
④選択の制限:他人から押しつけられたリスクは大きく感じます。
⑤子供:自分の子供に関するリスクは過大に感じます。
ワクチン問題は、まさしくこの典型です。
⑥新しいリスク:知らない事に関して人は恐怖を覚えます。
HPVワクチンは新しいワクチンですから、よけい怖いのです。
⑦関心:大きく報道されるほど、リスクを強く感じます。
昨年6月の報道はセンセーショナルでした。
⑧自分に起こるか:自分の関係者に被害が及ぶ可能性が少しでも感じられると、リスク認知は急激に高まります。まして、自分の子供に及ぶとなると、なおさらです。
⑨リスク(危険)とベネフィット(利益)のバランス:危険に対して利益が不明確なら、誰もリスクを取りたがりません。新聞・テレビなどのマスコミの報道はHPVワクチンの危険ばかりを強調し、利益についての啓蒙が余りにも少なく、著しく偏(かたよ)っています。
⑩信頼:国民は政府を信頼していません。政府の公式発表よりも、テレビのバラエティ番組に登場するタレント教授の怪しげな言説の方を信じる人が何と多い事か。
誠に嘆かわしい限りです。
昨年6月以降、HPVワクチンに対する国民の恐怖心には、以上10項目のすべてが当てはまります。
次号へ続く
2014年
7月
31日
木
平成26年8月1日
昨年の6月、厚生労働省がHPVワクチンの接種勧奨を控える勧告を出しましたが、その前日、WHO(世界保健機関)の「ワクチンの安全性に関する諮問委員会」が次のような公式声明を発表しました。
1.世界各国でHPVワクチンは1億8,000万回以上接種されているが、安全性に関して大きな懸念はない。
2.副反応の一つである失神については、多感な時期にある思春期女子を接種対象とする事に起因する可能性が高い。
3.副反応のめまい、動悸、失神、意識低下、脱力感などは心因反応である。
4.日本から報告されている慢性疼痛の症例に関して、HPVワクチンが疑わしいとする理由はほとんどない。
5.妊娠中にHPVワクチンを接種しても、妊娠継続に有害な事象は発生していない。
イギリスの医薬品庁の公表でも、400万回以上のHPVワクチン接種の結果、安全性に問題は無いと結論されています。
アメリカの疾病対策予防センターも、HPVワクチンによる有害事象は対照群と比べて有意差がなく、接種の推奨に変化はないと述べています。
HPVワクチンはパピローマウィルスの本体であるDNAを含まないため、感染性はありません。接種局所の疼痛(とうつう)・発赤(ほっせき)・腫脹(しゅちょう)が主な有害事象として挙げられるものの、このワクチンに固有な重篤(じゅうとく)な全身反応は極めて少ないのです。
全身性の副反応として注意すべきは失神です。
これは、注射の痛み・恐怖・興奮などの刺激が迷走(めいそう)神経を介して中枢)(ちゅうすう)に伝わり、心拍数や血圧が低下する事によって生じます。
血管迷走神経反射と呼ばれ、思春期女子に多い事が知られています。
注射への恐怖心が強い人はベッドに寝かせてから接種する等の工夫をすれば良いのです。
日本はワクチン後進国です。
諸外国から麻疹・結核の輸出国と非難され、風疹流行のためアメリカから渡航注意国に指定されてしまいました。
そして、今度は「副反応の発生頻度がより明らかになるまでの間、HPVワクチンの接種勧奨を控える」という、体(てい)たらくです。
全世界で1億8,000万回以上、我が国だけでも約900万回の接種データの蓄積がありながら、さらに何が明らかになるのを待つと言うのでしょうか?
私は、政府が「人の噂も75日」と、騒ぎが収まるまでの時間稼ぎをしているだけだと思います。政府は直ちに接種勧奨を再開すべきです。
性交を経験済みの女性も、HPVに感染しているとは限りませんから、HPVワクチンを接種する意義があります。
もし、既にHPVに感染していても、ワクチンが害になることはありませんし、感染していない型のHPV感染をワクチンで予防する事ができます。
従って、接種前にHPV感染の有無を調べる必要はありません。
ただし、ワクチンには長期間持続しているHPV感染を排除する力はありませんから、年齢が上がるにつれて、その予防効果は減弱します。
10代では70%ある予防効果も、20~30歳では50%に、45歳では30%程度に落ちると推定されています。やはり、なるべく若いうちに接種した方が良いのです。
そして、HPVが性行為によって感染することが明らかなのですから、男子にも接種するべきです。
最後におさらいです。
女性1,000人から成るグループが2つあります。
Aグループ:全員にHPVワクチンを打ちます。重篤な副反応は1人も起きません。
Bグループ:誰もHPVワクチンを打ちません。その結果、Aグループに比べて、子宮頚癌に罹(かか)る者が17人増え、子宮頚癌で死ぬ者が4人増えます。
あなたは、自分の娘さんをどちらのグループに入れますか?
賢明なる読者諸氏(当院の職員も含めて)は、Aグループを選択されるよう期待します。
今回で、子宮頚癌ワクチンについての考察を終わります。