令和6年5月1日
ウッフィツィ美術館
7.ヒポクラテス
ヒポクラテス(紀元前5世紀生まれ)は古代ギリシャの医師です。
エーゲ海のコス島に生まれ、ギリシャ神話の医神アスクレピオスを祀(まつ)ったアスクレピオン神殿で医学を学びました。
ヒポクラテスの最も重要な功績は、医学を迷信や宗教から切り離し、臨床と観察を重んじる自然科学へと発展させたことです。
彼は、病気が神や悪霊の仕業(しわざ)ではなく、血液・粘液・黄胆汁(おうたんじゅう)・黒胆汁(こくたんじゅう)の4つの体液のアンバランスにより生じると考えました。
また、骨折した腕(うで)や脚(あし)の牽引(けんいん)、脱臼(だっきゅう)の整復、出血をくい止める止血帯(しけつたい)の使用、心肺の聴診など、先進的な診断・治療を行いました。
ヒポクラテスは、各地を旅し、医学を教え、診療を行いました。
彼の教科書・講義録・随筆・メモなど70以上の文書が収められた「ヒポクラテス全集」が今日まで残っています。
古代ギリシャ語で書かれていますが、様々な文体が用いられており、著者はヒポクラテスだけでなく、彼の弟子達を含め、20人位いると考えられています。
さらに、医師が守るべき規範と倫理について述べた「ヒポクラテスの誓い」は現代まで受け継がれ、医学教育の現場で引用されています。
彼は、「医師は身だしなみを整え、専門家であるべきだ。冷静、誠実、正直、率直な態度で患者に向き合わなければならない。師を尊(たっと)び、知識を他の者に伝えよ」と教えています。私も肝に銘じています。
ヒポクラテスは、人間の置かれた環境(自然環境、政治的環境)が健康に及ぼす影響についても、先駆的(せんくてき)な研究をしました。
また、「人生は短く、医術の道は長い」という有名な言葉も残しています。
これらヒポクラテスの功績は、古代ローマの医学者ガレノスを経(へ)て、今の西洋医学に継承(けいしょう)されています。
そのため、ヒポクラテスは「医学の父」、「医聖(いせい)」などと呼ばれます。
「ヒポクラテスの誓い」の主要な箇所(かしょ)を抜粋(ばっすい)します。
① 医神アポロン、アスクレピオス、ヒュギエイア、パナケイア、及び全ての神よ。私は、この誓約(せいやく)を守ることを誓(ちか)う。
アポロン:アスクレピオスの父親、ヒュギエイア:アスクレピオスの長女、パナケイア:アスクレピオスの次女)
② 私は、患者に利(り)すると思う治療法を選択し、有害な方法を選択しない。
③求められても、死をもたらす薬を与えない。
④婦人に、流産をもたらす道具を与えない。
⑤どんな家を訪れる時も、病者の利益を目的とし、不適切な行為、特に男性や女性との性的関係を避ける。
⑥人々の生活について、恥となることを見たり聞いたりしても、他言(たごん)しない。
⑦この誓いを守り続ける限り、私は人生と医術を享受(きょうじゅ)し、全ての人から尊敬されるであろう。
しかし、誓いを破れば、反対の運命を賜(たまわ)るだろう。
この中で、特に⑤は、いかにも古代ギリシャらしいですね。
私は医者になってから今日に至るまで、「往診先で性的関係」などという話は、見たことも聞いたこともありません。
「ヒポクラテスの誓い」の倫理的精神を現代的に改定した「ジュネーブ宣言」が1948年、第2回世界医師会総会にて採択されました。
その後、5回の改定を経て、現在の版に至りました。
抜粋します。
①生涯を人道のために捧げる。
②人道的立場にのっとり、医を実践する(道徳的・良識的配慮)。
③人命を最大限に尊重する(人命の尊重)。
④ 患者の健康を第一に考慮する。
⑤ 患者の秘密を厳守する(守秘(しゅひ)義務)。
⑥患者に対して偏見を持たず、差別しない(患者の非差別)。
現在、日本を始め、多くの国で、この考え方が採用されています。