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Exploring the History of Medicine, Part 51: Florence, Part 31
令和6年12月1日
ウッフィツィ美術館
10.アポロンApollon
アポロンは、既に何度か登場していますので、今回は違う話を紹介します。
アポロンはギリシア神話に登場するオリンポス十二神の一人であり、ゼウスの息子です。
ローマ神話ではアポロと呼ばれます。
詩歌や音楽など芸能・芸術の神、羊飼いの守護神、兵隊を次々と倒す「遠矢(とおや)の神」、疫病の矢を放ち人を殺す神、病を払う治療神、神託を授ける予言の神など、付与された性格は多岐に亘ります。
古代ギリシャにおいては理想の青年像と考えられ、光明(こうみょう)の神でもあったため、後には太陽神ヘリオスと混同されるようになりました。
アメリカが20世紀後半の宇宙開発を「アポロ計画」と名付けたのも、光の神アポロが輝く馬車に乗り天空を駆け巡(めぐ)る姿にあやかりたかったからです。
アポロンは美青年だったので、無数の恋愛をしましたが、一人だけアポロンの求愛を拒否した娘がいます。それがダプネーDaphneです。英語ではダフネと発音します。
彼女は川の神ペネイオスの愛娘(まなむすめ)で大変な美女でした。
大蛇(だいじゃ)ピュトンを射殺したアポロンが、愛の神エロスが持つ小さな弓を「そんな弓では何も仕留められまい」とからかいました。
怒ったエロスは仕返しに、黄金の矢(愛情を芽生えさせる矢)をアポロンに、鉛の矢(愛情を拒絶させる矢)をダプネーに、放ったのです。
このため、アポロンはダプネーを追いかけましたが、ダプネーは逃げました。
ダプネーを追いつめたアポロンが彼女を捕まえかけた時、父ペネイオスは娘を月桂樹に変身させました。
失意のアポロンが「私の妻になれないのなら、せめて私の樹になって欲しい」と頼むと、ダプネーは枝を揺らしてうなずき、月桂樹の葉をアポロンの頭に落としました。
以後、競技の勝者や大詩人に「月桂冠」を与え、名誉を讃(たた)えるようになりました。
月桂樹は、後世では、魔女や悪魔を防ぐ魔除けとして使われました。
また、キリスト教では、「不滅」の象徴として、殉教者の冠に用いられました。
ついでに言うと、日本の10円硬貨の裏面にも、月桂樹の葉が描かれています。
アポロンとダフネの故事に因(ちな)み、古代ギリシャ語では月桂樹をdaphneと呼びます。
月桂樹の学名(ラテン語)はラウルス・ノビリスLaurus nobilis といいます。
「気品のある緑の葉」という意味で、その名のとおり、葉は芳香成分を含んでいます。
そのため、葉を乾燥させたものは、フランス語ではローリエlaurier、英語ではローレルlaurelまたはベイリーフbay leafと呼ばれ、香辛料として世界中で使われています。
我が家でもカレーやビーフシチューにローリエを欠かしません。
月桂樹の葉には、強い香りの他に、アルコール吸収抑制作用や唾液・胃液の分泌亢進作用などがあるそうです。
古代ギリシャ語で月桂樹を意味したdaphneは、現在の英語では沈丁花(じんちょうげ)を意味する言葉fragnant daphne(良い香りのダフネ)に転用されています。
沈丁花の学名もDaphne odoraで、やはり「良い香りのダフネ」という意味です。
月桂樹の葉と沈丁花の花のどちらも、良い香りがするため、混同されたのだと思います。
蛇足ですが、花王の生理用品「ロリエ」は「月桂樹」と「月経」の掛詞(かけことば)だそうです。
どちらも「げっけい」ですが「けい」の字が違いますね。