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Exploring the History of Medicine, Part 51: Florence, Part 31
令和7年1月1日
ウッフィツィ美術館
11.バッカスBacchus
16世紀末、カラヴァッジョ作。
酩酊して赤らんだ顔で、手にはワイングラスを持っています。
ギリシャ神話で酒(ワイン)の神、酩酊の神、豊饒の神、演劇の神です。
本名はディオニュソスDionysus(「若いゼウス」という意味)で、別名をバッコスBakkhosといいました。
ローマ神話ではバックスBacchusと呼ばれ、これの英語読みがバッカスです。
一般的に「ディオニュソス」より「バッカス」の名の方が有名で、日本を始め世界中に「バッカス」の名が付く飲食店があります。
ゼウスはテーバイ国の王女セメレを愛人にして、妊娠させました。
しかし、ゼウスの本妻へラの陰謀に引っかかったゼウスはセメレを雷の熱で焼き殺してしまいました。
セメレの死を嘆き悲しんだゼウスは、その焼けただれた腹から胎児を取り出し、自分の大腿に埋め込みました。その4ヶ月後にゼウスは子供を取り出し、ディオニュソス(バッカス)と名付けたのです。
成長したディオニュソスは、ブドウ栽培とブドウ酒の製法を教える酒の神となりました。
彼の周りには熱狂的な女性信徒が集まり「バッカイ」(バッコスの信女)と呼ばれました。
昼間から酒を飲み、ディオニュソスの神秘によって、恍惚とした熱狂状態に陥った信女達は、狂喜乱舞し、乱交し、動物を八つ裂きにし、生肉を食らうなど、狂乱の酒宴を行いました。
この狂った祭儀は「ディオニュソスの密議(バッカナリア)」と呼ばれ、後にギリシャ悲劇に発展しました。
そのため、バッカスは演劇の神でもあるのです。
狂乱の女性信徒達は、ツタの冠を被(かぶ)り、ツタが絡んだ杖を振りかざし、叫びながら乱舞しました。
狂暴・猥褻(わいせつ)で理性を失っていました。
この様子は、「マイナス」mainas(狂った女)(複数形:マイナデス)と称されました。
"mainas"は"mania"(躁病、熱狂、マニア)の語源になりました。
「マイナス」という発音から、「プラス・マイナス」の"minus"を思い浮かべてしまいますが、「狂乱」の"mainas"とは無関係です。
集団的陶酔の祭儀「ディオニュソスの密議(バッカナリア)」はまさにアルコール依存症患者が酩酊し乱痴気騒ぎを起こしている様子と一致します。
そこで荒れ狂う"mainas"達は、バッカ(馬鹿)でマイナスのイメージに満ちていますね。
ところで、アルコール"alcohol"の語源は、アラビア語の"al-kuhl"です。
"al"は定冠詞(英語では"the")、"kuhl"は「コール(墨)」を指しますから、平たく言えば、"alcohol"は「墨」という意味なのです。
アラブ人は男女共に古来より、風土病であった眼病の予防のために「コール (墨)」を瞼(まぶた)や眉毛に塗ります。
顔に塗るため、サラサラした微粒子であることが必要で、火で熱する「昇華」法によって作られます。
一方、ワインを「蒸留」して強い酒(ブランデー)を作ることが盛んに行われるようになりました。
「昇華」も「蒸留」も火で熱して精製するという点では同じです。
そのため、15-16世紀の医師・化学者パラケルススはワインを蒸留して得られた酒を"alcohol vini"(ワインから作ったコール(墨))と呼んだのです。
その後、"alcohol vini"はブランデーと呼ばれるようになりました。
そして、アルコールという言葉は、通常エチルアルコールを指すようになり、酒の代名詞になりました。