令和6年1月1日
ウッフィツィ美術館
4.医神アスクレピオス
令和3年8月1日号ヴェネツィア編や令和4年10月1日号フィレンツェ編でも医神アスクレピオスについて触れましたが、今回はもう少し詳しく書きます。
ギリシャ神話の太陽神アポロンは「弓矢の神」でもありました。
アポロンはギリシャのテッサリア地方の美しい娘コロニスを愛し、彼女はアポロンの子を懐妊しました。
ところが、コロニスの美貌(びぼう)を人間の男どもが放(ほう)っておく訳がありません。
アポロン神の子を宿しながら、コロニスは若い男に身を任せてしまったのです。
見張りに付けておいたカラスから報告を受けたアポロンは激怒して、コロニスの胸を弓矢で射貫(いぬ)きました。
しかし、我に返ったアポロンは矢を放(はな)ったことを後悔しました。
彼は告げ口をしたカラスを憎く思い、純白だったその羽を真っ黒に変え、永遠にコロニスの喪(も)に服するよう命じました。
カラスの羽が黒くなったのは、この時からです。
諦(あきら)めきれないアポロンがコロニスに近寄ると、彼女は息絶える直前に、アポロンの子を宿していることを吐露(とろ)しました。
アポロンは燃えさかる炎の中で、彼女の腹を開き、胎児を取り出しました。
こうして誕生した我が子アスクレピオスの養育を、アポロンは半人(はんにん)半馬(はんば)(上半身は人間、下半身は馬)の怪物ケンタウロス族の賢者(けんじゃ)ケイロンに委(ゆだ)ねました。
賢者ケイロンは医薬の術に優れていました。
彼は、アスクレピオスが父アポロンの血を継いで、医術に優(すぐ)れていることを見抜き、熱心に教育しました。
アスクレピオスは名医となり、どんな重病でも治せるようになりました。
そして、女神アテナから怪物メドゥーサの血をもらってからは、死んだ人間までも蘇(よみがえ)らせてしまいました。
けれども、人間とは死すべき者です。
全能の神ゼウスは、神が決めるべき人間の生死を操(あやつ)っているアスクレピオスに怒り、彼に雷を落として焼き殺してしまいました。
かわいい息子を失ったアポロンは嘆(なげ)き悲しみました。
ゼウスはアポロンに同情し、アスクレピオスを天に上げ、神々の仲間に加えました。
以後、アスクレピオスは「医術の神」として、人間を病気の苦しみから救いました。
彼が持つ、蛇(へび)が巻き付いた杖は、「医学」の象徴となりました。
蛇は長い間餌(えさ)を食べなくても生きることができ、脱皮を繰り返して成長します。
そのため、古代ギリシャでは、蛇は健康・長寿・再生を表すと考えられていました。
ですから、現代でも、アスクレピオスの杖が世界保健機関(WHO)、アメリカ医師会、日本医師会、世界各国の救急車など、多くのロゴマークに描かれているのです。
毎年、夏の南の夜空に、蛇つかい座と蛇座が輝きます。
医神アスクレピオスは、医学の象徴である蛇と共に、星座となったのです。