2015年5月〜2015年9月 掲載
2015年
4月
30日
木
平成27年5月1日
久しぶりに健康情報に関する話題を提供します。
ステロイドという言葉を一度も聞いた事がないという方は、恐らくいないでしょう。
医師だけでなく、世間一般に広く知られている、ある種の物質・薬の総称です。
では、皆さんはこの薬について、どんな感情を抱いていますか?
「怖い薬だ」
「友達が使うなと言っている」
「一旦使い出すとやめられなくなると、テレビで言っていた」
「ステロイドを処方する医者はヤブ医者だ」
このように思っている方が多いのではないでしょうか?
これらは全て間違った考えです。
このようにステロイドを特別に忌避(きひ)するのは、他に類を見ない日本特有の現象です。
私はこの現状を憂(うれ)い、打破したいと思っています。
そこで、今月から数回に亘(わた)って、皆さんのステロイドに対する誤解を解き、正しい理解を広めるために、できるだけ分かり易く解説します。
ステロイドとはステロイド核(シクロペンタノヒドロフェナントレン環)という共通の化学構造を有する物質の総称です。
決して毒物や劇薬ではありません。
もともと、私達の体内に広く存在し、私達が生きていくのに必要欠くべからざる物質なのです。
体内に最も大量に存在するステロイドは、皆さんもよくご存じのコレステロールです。コレステロールは細胞膜の主要な構成成分です。
身体の組織は細胞の集まりですから、コレステロールは私達の身体が存在するために必須の物質です。
言い換えれば、私達の身体はステロイドからできているという事です。
よく知られているように、コレステロールは血液中にも存在し、これが多くなると高脂血症という疾患で、動脈硬化の原因となります。
この他、コレステロールは脳、神経、副腎、肝臓、腎臓、皮膚などに多量に存在します。
コレステロールは、体内の様々な臓器で、生理活性物質の原料になります。
肝臓では胆汁酸が、卵巣では女性ホルモンや黄体ホルモンが、精巣では男性ホルモンが、副腎皮質では糖質(とうしつ)コルチコイド(コルチゾール)やミネラルコルチコイド(アルドステロン)が、コレステロールを原料として作られます。
これらの物質もステロイド核を有していますので、当然ながらステロイドです。
この内、糖質コルチコイドには抗炎症作用と免疫抑制作用が非常に強い事が分かり、すぐにリウマチなどの治療薬として使われるようになりました。
そして、この50年間に様々な合成ステロイド剤が開発されました。
医療分野でステロイドと言えば、通常、副腎皮質ホルモン、特に糖質コルチコイドを指します。
昨今、「ステロイドは怖い」という、ステロイドに対する不信感(「ステロイド恐怖」と呼ばれます)が、マスコミやインターネットを通じて一般の人々に広く浸透しています。そして、これに便乗して商品や特殊療法を宣伝・販売する悪徳商法(「アトピービジネス」と呼ばれます)が蔓延(まんえん)しています。
当院を受診する患者さんの中にも、ステロイド恐怖に毒された人や、アトピービジネスに乗せられている人が大勢います。
しかも、そのような人々は、信仰とも言える固い信念を持っており、覆(くつがえ)すのは非常に困難です。
次号に続く
2015年
5月
30日
土
ステロイドにも注射剤、内服薬(飲み薬)、外用剤(塗り薬)、吸入薬、点鼻薬、点眼薬などの種類があります。
当院で処方するステロイドの大部分は外用剤です。
ステロイド恐怖に陥(おちい)っている人の大半は、次の2つの内のどちらかだと思います。
①注射剤や内服薬の副作用と外用剤の副作用との混同。
②アトピー性皮膚炎そのものの悪化と、ステロイドの副作用との混同。
ステロイドは糖・脂質・蛋白(たんぱく)の代謝、免疫系、水・電解質代謝、骨カルシウム代謝など、生体の多くの機能に関与し、生命維持に必須のホルモンです。
治療薬としてステロイドを用いる際に、目的とする薬理作用は抗炎症作用と免疫抑制作用です。外用剤の目的もこの2つです。
目的とする薬理作用(主作用)以外は全て副作用となります。
ステロイドに対する偏見が急速に広がる切っ掛けの一つになったのが、1990年代前半にニュース番組のキャスターがステロイドを「悪魔の薬」と呼んだ事件でした。
この時以降、医療現場で患者さんがステロイドを拒否する事が多くなったように感じます。
そして、インターネットの普及に伴い、近年、アトピービジネスが隆盛を極(きわ)めています。アトピービジネスとは、アトピー性皮膚炎に代表される皮膚炎患者に対し、ステロイドに対する不安を煽(あお)り、医療保険外の商品や行為によって金(かね)儲(もう)けを企(たくら)む活動の事です。
代表的なアトピービジネスを挙げると、健康食品、温泉療法、海水浴、入浴剤(石鹸(せっけん)、塩、ヨモギ)、化粧品、水(みず)治療(アルカリイオン水、酸性水)など枚挙に暇(いとま)がありません。
試しに、「奇跡の肌△△」というスキンケア商品のウェブサイトを覗(のぞ)いてみましょう。
「恐ろしい」ステロイドを塗るのを止めて、「奇跡の肌△△」を塗り始めたという人の声だそうです。
「ステロイドを使えば一時的に見た目は良くなりますが、使い続けなくてはいけないというデメリットがあります。
ステロイドを使うことによって起こり得る代表的な副作用には、次のようなものがあります。
糖尿病、クッシング症候群、白内障、緑内障、感染症の誘発、皮膚線条、紫斑、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、骨粗鬆(こつそしょう)症、筋力低下、精神症状、ムーンフェイス、月経異常、間質性肺炎、毛細血管拡張、多毛、副腎皮質機能低下など。
特に、私が一番心配した副作用は腎機能の低下です。
つまり、ステロイドが働いてくれると勘違いをして、自分の腎臓が働かなくなったり、一度ステロイドを使用し続けると、どんどん強いステロイドにしていかないと効き目が弱くなっていくということです。
また、皮膚がんの発生率が上がるというリスクや、大人になって麻酔を安心して使えなくなるかもしれないという話を聞いたことも、脱ステロイドを目指す理由のひとつになりました。
実際のところ、私は眼圧が高かったり、毛細血管が少し浮き出ていたりしています。
そして、今でも足裏マッサージに行くと、必ずセラピストの方から『お客さん、腎臓が弱いですね』と言われます。」
全くデタラメだらけの内容です。
次号に続く
2015年
6月
30日
火
2015年7月1日
当院で用いるステロイドの大部分は外用剤なので、今後は主に外用剤について話します。前号で例に挙げたスキンケア商品「奇跡の肌△△」の宣伝文句はウソばかりです。
順番に説明しましょう。
①ステロイドは「使い続けなくてはいけない」などという事はありません。
我々の日常臨床では、ステロイド外用剤に抵抗性(連用による効果減弱)があるという経験はありません。
目的とする抗炎症効果が得られれば、ステロイドは減量・中止すれば良いのです。
決して「使い続けなくてはいけない」ものではありません。
②ステロイドの「代表的な副作用として、糖尿病、感染症、胃・十二指腸潰瘍、骨粗鬆症、筋力低下、精神症状、ムーンフェイス、月経異常、副腎皮質機能低下」を挙げています。
しかし、これらはすべて一定量以上の内服薬を長期に連用した際に起こり得る副作用です。外用薬ではこれらの全身的副作用は起き得ません。
③クッシング症候群とは糖質コルチコイドの慢性的な分泌過剰によって生じる様々な症状の総称です。ステロイドの外用とは全く無関係です。
④緑内障はステロイド点眼薬の長期連用によって起こり得ますが、皮膚に塗るだけでは起こり得ません。
⑤白内障もステロイド外用とは無関係です。ステロイド点眼薬とも無関係です。
むしろ、白内障の手術後に、炎症を抑えるためにステロイド点眼薬を用いるぐらいです。
⑥間質性肺炎もステロイド外用とは無関係です。
それどころか、間質性肺炎の治療としてステロイド剤の注射や内服が第一選択薬として用いられます。
⑦皮膚線条、紫斑、毛細血管拡張、多毛はステロイド外用剤の副作用として知っておく必要があります。このサイトにある唯一正しい記述です。
これについては次号で述べます。
⑧ステロイド外用薬によって「腎機能の低下」などあり得ません。
ただし、ステロイドの内服薬を長期に大量連用すると副腎皮質機能が抑制されるため、内服を急に中止すると、副腎機能不全を来す事があります。
「奇跡の肌△△」の宣伝文句を書いた人物は、腎と副腎を混同しているのでしょう。
無知をさらけ出している訳です。
⑨ステロイド外用によって「皮膚がんの発生率が上が」ったり、「大人になって麻酔を安心して使えなくなる」事などあり得ません。
⑩「足裏マッサージのセラピストから『お客さん、腎臓が弱いですね』と言われます。」
に至っては、笑止千万。論評に値しません。
このサイト以外にも、ステロイドの有害性を誇張し、自分の商品を宣伝するサイトが無数にありますが、賢明な皆さんはくれぐれも信用しないで下さい。
次号に続く
2015年
7月
31日
金
ステロイド(続き)
2015年8月1日
ステロイド外用剤はアトピー性皮膚炎や接触性皮膚炎(かぶれ)などの皮膚炎に対して、主に炎症を沈静化させる目的で使用します。
薬剤である以上、ステロイド外用剤にも当然副作用はあります。
臨床効果と副作用は、同じ薬理作用によって生じる訳ですから、表裏一体(ひょうりいったい)の避けがたい現象と言わざるを得ません。
副作用には、塗(ぬ)った皮膚局所に現れる副作用と、吸収されて全身に現れる副作用の2つがあります。
外用剤を常識的に使っている限り、全身的な副作用(糖尿病、骨粗鬆症、ムーンフェイス(満月様顔貌)(まんげつようがんぼう)など)は起こり得ません。
ましてや、一部の著書に見られる「ステロイド外用を続けると必ず廃人になる」との主張は荒唐無稽(こうとうむけい)な虚言(きょげん)です。
ちなみに、常識的な使い方とはどのようなものでしょうか?
ある研究によると、ステロイド軟膏10gを3カ月間、毎日皮膚に塗り続けると(つまり合計900g塗ると)、一過性に副腎機能が低下したそうです。
当院で処方するステロイド軟膏は1本5gです。
これを毎日2本ずつ塗り続ける人は当院の患者さんにはいません。
私がそれほど大量のステロイドを処方する事はないからです。
また、当院で処方するステロイド外用剤1本(5g)には2.5mgの糖質コルチコイドが含有されています。
これは、私達の副腎が1日に分泌する糖質コルチコイド(約20mg)の10分の1程度です。つまりステロイド軟膏を10本まとめて舐(な)めてしまったとしても、もともと副腎が分泌する正常量と同じであり、何ら有害事象は生じないのです。
局所的副作用の内、痤瘡(ざそう)(ニキビ)、潮紅(ちょうこう)(赤ら顔)、皮膚萎縮(ひふいしゅく)(シワ)、萎縮性皮膚線条(いしゅくせいひふせんじょう)(スジ)、毛細血管拡張、多毛、紫斑(しはん)(皮下出血)、真菌感染症(水虫)などは時に生じ得ます。
しかし、いずれもステロイドの中止あるいは適切な処置により回復します。
従って、むしろ安全性は高い外用薬だと言えます。
また、皮膚炎に対してステロイド外用剤を使用しても色素沈着(シミ)が残る事がありますが、皮膚炎に伴う色素沈着であって、ステロイドによるものではありません。
結局、適切な強さのステロイドを適切な量だけ用いれば、ステロイドほど有効な外用薬は他にありません。
安全性に関しても、他の薬剤に比べ、むしろ優れているのです。
アトピー性皮膚炎などの治療の途中で、ステロイド外用を中断すると、当然ながら症状は悪化します。
特に、症状が増悪している最中に突然中止すると、急激な皮膚症状悪化を来してしまい、これを「ステロイドによるリバウンドだ」と非難する人がいます。
あるいは、「ステロイドにはリバウンドがあるから使いたくない」と、訳(わけ)知り顔で、のたまう御仁(ごじん)もいます。
しかしながら、そもそも薬理学に「リバウンド」なる用語は存在しません。
"rebound"を英和辞書で引くと「反動、反発」という訳語が当てられています。
恐らく、「ステロイドにはリバウンドがある」と非難する人達は、ステロイドを止めて皮膚炎が再燃する事を「リバウンド」と称しているのでしょう。
でも、ちょっと待って下さい。
アトピー性皮膚炎という疾患そのものが、増悪(ぞうあく)・寛解(かんかい)を繰り返し、慢性・反復性経過を辿(たど)る湿疹なのです。
良くならないうちに治療を中断すれば増悪・再燃(さいねん)するのは当たり前です。
これをステロイドのせいにするのは、お門(かど)違いというものです。
次号に続く
2015年
8月
31日
月
ステロイド(続き)
2015年9月1日
「ステロイドを中止すると、投与以前の状態よりさらに悪化する。
これがステロイドのリバウンドだ」と言う人もいます。
けれども、高血圧や糖尿病の診療においても、治療を自己中断した人が久しぶりに受診してくると、治療前よりさらに状態が悪化している事は、日常診療においてしばしば経験します。
「ステロイドのリバウンド」として特別扱いするのは不公平です。
また、前々回に述べたように、ステロイドの内服薬を長期に大量連用すると、副腎皮質機能が抑制されます。
そして、内服を急に中止する事により副腎機能不全を来す事があります。
これが本当の「ステロイドによるリバウンド」だと言う人がいます。
しかし、これは医学的に至極(しごく)当然の機序であって、甲状腺など他の臓器にも同様の現象が見られます。
ことさらステロイドを悪者にする必然性はありません。
ステロイドの局所的副作用として赤ら顔を生じた患者が、ステロイドの外用を中止すると、2-3日後に急に潮紅(ちょうこう)が強くなる事があります。
これこそが「ステロイドのリバウンド」だと言う皮膚科医もいます。
こうなると、ステロイドの塗布を再開したくなりますが、我慢していれば次第に軽快します。
結局、人によって「ステロイドによるリバウンド」なる症状の定義はまちまちである事が分かります。
いずれの意味においても、ステロイド特有の有害事象とは言えず、「リバウンドがあるからステロイドの使用は一切禁止すべき」という論理は成立しません。
アトピー性皮膚炎に限らず、あらゆる皮膚炎において、治療の中心は皮膚の炎症のコントロールにあります。
副作用の回避(かいひ)にいたずらに執心(しゅうしん)し、正しい治療を放棄してしまった結果、皮膚炎が増悪したのでは本末転倒(ほんまつてんとう)です。
ステロイド恐怖に毒された人やアトピービジネスに乗せられている人に、短い診察時間で正確な事実を説明するのは大変難しく、ましてや翻意(ほんい)させる事などほとんど不可能です。ヘタをすると怒鳴り合いになります。
当院でも、患児にステロイド軟膏を処方したところ、親御(おやご)さんから「どうしてこんな危険な薬を出すんだ!」と猛(もう)抗議を受けた事があります。
「ステロイドは危険だ」「友達から勧められた商品の方が安全だ」という信念(あるいは信仰?)をお持ちの患者さんにとって、医師からステロイドを処方されるのは迷惑な事でしょう。
一方、診察する側の医師にとっても、誤解と偏見に凝(こ)り固まった人にいくら説明しても理解を得られない場合が多く、時間と体力を消耗します。
根拠のない理由で頑固に拒否されるのは、不快ですらあります。
私はこの不快感から早く逃れるために、ステロイドが必要であるにも拘(かか)わらず、それ以外の薬を安易に処方してしまった事も何度かあります。
そのたびに、医師としての誇りを捨てて消極的な治療に走ってしまった自分を恥じました。
アトピービジネスは、「ステロイドを使わない治療は善、ステロイドを使う治療は悪」という図式を描いて、正しい理解・治療から患者を遠ざけ、高額な商品や無意味な治療へ巧妙に誘導しようとします。
その結果、症状が悪化すると「過去に使用したステロイドのせいだ」「症状が改善する前の兆(きざ)しだ」と非科学的な言い逃れをします。
一人でも多くの方がこの拙文を読んで、ステロイド恐怖から解放され、アトピービジネスの餌食(えじき)にならない事を願います。
今回で、ステロイドに関する考察を終わります。