ステロイド(続き)
2015年9月1日
「ステロイドを中止すると、投与以前の状態よりさらに悪化する。
これがステロイドのリバウンドだ」と言う人もいます。
けれども、高血圧や糖尿病の診療においても、治療を自己中断した人が久しぶりに受診してくると、治療前よりさらに状態が悪化している事は、日常診療においてしばしば経験します。
「ステロイドのリバウンド」として特別扱いするのは不公平です。
また、前々回に述べたように、ステロイドの内服薬を長期に大量連用すると、副腎皮質機能が抑制されます。
そして、内服を急に中止する事により副腎機能不全を来す事があります。
これが本当の「ステロイドによるリバウンド」だと言う人がいます。
しかし、これは医学的に至極(しごく)当然の機序であって、甲状腺など他の臓器にも同様の現象が見られます。
ことさらステロイドを悪者にする必然性はありません。
ステロイドの局所的副作用として赤ら顔を生じた患者が、ステロイドの外用を中止すると、2-3日後に急に潮紅(ちょうこう)が強くなる事があります。
これこそが「ステロイドのリバウンド」だと言う皮膚科医もいます。
こうなると、ステロイドの塗布を再開したくなりますが、我慢していれば次第に軽快します。
結局、人によって「ステロイドによるリバウンド」なる症状の定義はまちまちである事が分かります。
いずれの意味においても、ステロイド特有の有害事象とは言えず、「リバウンドがあるからステロイドの使用は一切禁止すべき」という論理は成立しません。
アトピー性皮膚炎に限らず、あらゆる皮膚炎において、治療の中心は皮膚の炎症のコントロールにあります。
副作用の回避(かいひ)にいたずらに執心(しゅうしん)し、正しい治療を放棄してしまった結果、皮膚炎が増悪したのでは本末転倒(ほんまつてんとう)です。
ステロイド恐怖に毒された人やアトピービジネスに乗せられている人に、短い診察時間で正確な事実を説明するのは大変難しく、ましてや翻意(ほんい)させる事などほとんど不可能です。ヘタをすると怒鳴り合いになります。
当院でも、患児にステロイド軟膏を処方したところ、親御(おやご)さんから「どうしてこんな危険な薬を出すんだ!」と猛(もう)抗議を受けた事があります。
「ステロイドは危険だ」「友達から勧められた商品の方が安全だ」という信念(あるいは信仰?)をお持ちの患者さんにとって、医師からステロイドを処方されるのは迷惑な事でしょう。
一方、診察する側の医師にとっても、誤解と偏見に凝(こ)り固まった人にいくら説明しても理解を得られない場合が多く、時間と体力を消耗します。
根拠のない理由で頑固に拒否されるのは、不快ですらあります。
私はこの不快感から早く逃れるために、ステロイドが必要であるにも拘(かか)わらず、それ以外の薬を安易に処方してしまった事も何度かあります。
そのたびに、医師としての誇りを捨てて消極的な治療に走ってしまった自分を恥じました。
アトピービジネスは、「ステロイドを使わない治療は善、ステロイドを使う治療は悪」という図式を描いて、正しい理解・治療から患者を遠ざけ、高額な商品や無意味な治療へ巧妙に誘導しようとします。
その結果、症状が悪化すると「過去に使用したステロイドのせいだ」「症状が改善する前の兆(きざ)しだ」と非科学的な言い逃れをします。
一人でも多くの方がこの拙文を読んで、ステロイド恐怖から解放され、アトピービジネスの餌食(えじき)にならない事を願います。
今回で、ステロイドに関する考察を終わります。