個人情報への過剰反応はやめましょう 第1回~第4回
2018年
9月
29日
土
平成30年10月1日
今回から、個人情報保護に対する過剰反応について、私見を述べます。
過日、以下のような事件が起きました。
当院に不定期に通院している患者さん(大学生)に処方した薬について、本人に至急連絡しなければならない用件が発生しました。
当院事務員が本人の携帯電話に何度か電話しましたが、応答がありません。
大学生はアパートに一人暮らしで、実家の連絡先は不明です。
そこで、事務員がアパートを何度か訪ねましたが、いつも不在です。
仕方なく、本人が通う大学に電話しました。
治療に関する内容なので、伝言をお願いする訳にはいかず、本人を電話口まで呼び出して下さいとお願いしました。
応対した大学職員は当院の依頼には応じてくれず、当院から電話があった旨を本人に伝えるとの返答でした。
数日経っても本人から電話が来ないため、当院事務員がアパートを再度訪ね、メモ書きを郵便受けに入れましたが、やはり本人からの連絡がありません。
そこで、再度大学に電話し、本人に伝言してくれたのかどうかを尋ねたところ、驚くべき返事が返ってきました。
「伝言したかどうかは、本人が登校したか否かに関する個人情報であるから、教えられない」と言うのです。
「治療薬に関する緊急の連絡だから、本人を呼び出して欲しい」と再度頼みましたが、「今日登校しているかどうかの個人情報を教える事になるので、呼び出しはしない」と断られてしまいました。
結局、帰省から戻った本人がメモ書きを見て、当院を受診してくれたため、事なきを得ました。
私は、この大学の応対に憤(いきどお)りを覚えました。
個人情報保護を理由に、医療機関からの電話を本人につながないのは、間違っていると思うのです。
「個人情報の保護に関する法律(「個人情報保護法」といいます。以下、本法と略します)」は、平成15年5月に公布され、平成17年4月に全面施行されました。
この法律の目的は、「個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利・利益を保護する(本法第一条)」事にあります。
しかし、本法の施行以後、この目的に反して、必要以上に個人情報の提供を控える事例が多発しています。
本来の趣旨とは異なる不必要な対応という意味で「過剰反応」と呼ばれています。
冒頭の大学の対応は、まさしく個人情報への過剰反応です。
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2018年
10月
31日
水
平成30年11月1日
そもそも、個人情報保護法(以下、本法と約す)とはどのような法律なのでしょうか?
本法第1条に制定の目的が述べられていますので、要約します。
高度情報通信(IT:Information Technology)の進展に伴って、個人情報の利用が著しく拡大しています。
個人情報をコンピューターで一括管理して利用する事は、何冊もの紙の台帳に書いて管理するよりも遥(はる)かに便利です。
しかし、コンピューター内の個人データを悪用すると、個人に回復不可能な損害を及ぼす恐れがあります。
そこで、個人情報の取り扱いを適正に行うための指針を国が示す必要が生じました。
個人情報を取り扱う事業者が遵守(じゅんしゅ)すべき義務を定める事によって、個人の権利・利益を保護する。
これが、本法の目的です。
本法第23条に、「個人情報取り扱い事業者は、原則として、あらかじめ本人の同意を得ずに、個人データを第三者に提供してはならない」と書かれています。
ただし、あくまで原則です。
同時に、例外規定が多く設けられているのです。
例外の一つとして挙(あ)げられているのが、「人の生命、身体または財産の保護のために必要があり、本人の同意を得るのが困難な場合」です。
前号で述べた、当院の患者さんの例は、この「人の生命、身体の保護のために必要」な連絡でした。
しかも、急いで本人に伝えなければならない用事で電話しているのですから、「本人の同意を得てから」などと悠長(ゆうちょう)な事を言っている場合ではありません。
当院からの電話に出た大学職員の言動は、まさしく過剰反応です。
おそらく、例外規定をご存じなかったのでしょう。
このように、個人情報保護法に抵触(ていしょく)する事を恐れるあまり、過度に萎縮した対応をする「過剰反応」が日本中に蔓延(まんえん)しています。
本法施行後、私が所属するテニスクラブは会員名簿を廃止しました。
私の母校である東京医科歯科大学医学部の同窓会名簿も虫食い状態です。
特に、若い卒業生の頁は空白だらけです。
私の家内が卒業した看護学校には同窓会名簿そのものが存在しません。
本法は、個人の権利・利益を保護しつつ、個人情報を有効に活用する事を目的にしているのであって、過剰な保護を要求しているのではありません。
しかし、残念ながら、個人情報に対する過保護が拡散・定着し続けており、今や匿名(とくめい)社会・覆面(ふくめん)社会の様相を呈しています。
過剰反応によって、地域交流や事業活動も萎縮・不活発となり、社会問題になっています。
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2018年
11月
30日
金
平成30年12月1日
個人情報への過剰反応が社会問題化したきっかけは、本法が全面施行した直後(平成17年4月)に発生したJR福知山線脱線事故でした。
この時、JR西日本や病院などが、死傷者情報を、個人情報である事を盾(たて)にメディアに提供せず、大きな議論を呼んだのです。
身近(みじか)にも過剰反応は蔓延(まんえん)しています。
私が学校へ通っていた頃は、クラス全員の名簿が配布され、枝分かれの連絡網もありました。
ところが、昨今(さっこん)は連絡網が配布されないため、緊急時の連絡に支障を来しているそうです。
自治会名簿や、災害に備えての要援護者リストを作れないという混乱も生じています。
県や市の福祉・防災の担当部署間で要援護者情報の共有が進まない、民生委員が活動を円滑に行えない、という問題も発生しています。
ある病院の待合室で、自分の名前を呼ばれた人が「なぜ人前で名前を呼ぶのだ。
名前は個人情報じゃないのか!」とクレームをつけました。
以後、この病院では患者を番号で呼ぶ事にしたそうです。
当院では耳の遠いお年寄りが多いため、受付で患者さんをお呼びする際は、大きな声で名前を呼ぶようにしています。
個人情報保護法が施行された際に、従業員から「名前ではなく番号で呼ぶ事にしたらどうか?」との提案がありました。
しかし、過剰な個人情報保護意識は暖かみのある人間関係を阻害する、と私は思います。個人情報への過剰反応により、がんじがらめになっては本末転倒です。
個人情報保護法は個人と個人を分断するための制度ではないのです。
当院では、これからも大きな声で名前を呼びます。
どうしても名前で呼ばれては困る方は、あらかじめ受付におっしゃって下さい。
独立行政法人国民生活センターが、個人情報保護への過剰反応について報告しています(平成17年11月)。
抜粋します。
「これまで社会に定着してきた名簿や連絡網、あるいは緊急医療における個人情報の提供が、形式的な法律解釈や運用のもとで存在できなくなったり、不可能になる事は、個人情報保護法の本来の趣旨(しゅし)に反する。
法律違反となる危険を恐れるあまり、個人情報の提供を一切行わないという対応が増えている。
また、十分な検討・工夫を講じないまま、個人情報保護法を理由に従来の活動を止(や)めてしまう、という事例が一般化している。
法解釈が確立しておらず、手探りの状況であるが、解釈基準の明確化を通して社会の同意を得る努力が不可欠だ」
私もその通りだと思います。
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2018年
12月
29日
土
平成31年1月1日
明けましておめでとうございます。
今年も本音の意見を述べます。
既に述べたように、個人情報保護法は、高度情報通信(IT:Information Technology)の進展に伴って登場した法律です。
ITはコンピューターによる個人情報の流通を可能にしました。
すなわち、大量の個人情報を蓄積・管理・移動する事が可能になったのです。
ITによって個人情報が無制限に流通すれば、個人の権利・利益が著しく損なわれます。
そのような事態を防ぐために、事業者の個人情報取り扱い方法を定めたのが本法です。
ところが、本法を本来の趣旨とは異なり、隠(かく)れ蓑(みの)として悪用している例が多発しています。
犯罪を犯して懲戒(ちょうかい)免職(めんしょく)処分を受けた国家公務員の氏名が、個人情報保護を理由に伏せられているのです。
また、各自治体でも、処分した地方公務員の氏名を公表しない例が増えています。
民間人が犯罪を起こせば、当然、氏名が公表されるにも拘(かか)わらず、犯罪を犯した公務員は、個人情報保護法を隠れ蓑に、氏名を秘匿(ひとく)しているのです。
これでは、個人情報保護法ではなく「公務員身内(みうち)保護法」です。
具体例は枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がありませんが、ほんの一例をご紹介します。
平成25年8月、愛知県警第2交通機動隊の男性巡査長が計4回も下着泥棒を行い、懲戒処分を受けました。しかし、彼の氏名は公表されなかったのです。
また、地方自治体の多くが、幹部(地方公務員)の天下り先を、個人情報だからという理由で、非公表にしています。
さらに、政治家や官僚も、個人情報保護法を隠れ蓑に、情報公開法を骨抜きにしています。
情報公開法とは「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」の略称です。
これは、政府は保有する情報を国民に説明・公表する責務を負い、国民の的確な理解と批判のもとに、公正で民主的な行政を推進しなければならない、と定めた法律です。
ところが、大臣や官僚の不祥事や不正経理問題が生じても、個人情報保護法を盾(たて)に公表されなくなったのです。
事実、政府に情報公開請求しても、個人情報保護を理由に、政府にとって不都合な箇所(かしょ)は黒く塗りつぶされているのです。
「個人情報保護法は情報公開法に基づく開示を妨げるものとはならない」と定められているにも拘わらずです。
個人情報保護法施行前に斡旋(あっせん)・受託(じゅたく)収賄(しゅうわい)罪(ざい)で逮捕(たいほ)された国会議員が、後に次のように述べています。
「当時、個人情報保護法があれば、私の情報があれほどマスコミに流出する事はなかったでしょう。
この法律を悪用すれば日本の社会は権力者の思うがままで、不正があっても隠蔽(いんぺい)されてしまう危険があります。
権力者、政治家、高級官僚はこの法律を隠れ蓑に使いますよ」
政治家も我々国民も、個人情報保護法の本来の趣旨を理解し、悪用したり過剰に反応したりしないよう努めるべきです。
個人情報保護法は、人々が互いに良い人間関係を築き、社会連帯を確保するための法律なのです。
今回で、個人情報保護法についての考察を終わります。