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Exploring the History of Medicine, Part 51: Florence, Part 31
令和8年4月1日
ティべリーナ島
ローマ市内を流れるテヴェレ川には、一つだけ中州(中の島)があり、ティべリーナ島といいます。
この島の東側にかかるファブリーチョ橋(紀元前1世紀)は、ローマに現存する橋の中で、ミルヴィオ橋(紀元前2世紀)に次いで2番目に古い物です。
今日まで、ほとんど修復されずに残っており、立派に現役です。私も渡りました。
また、島の南側の川の中には、古代ローマ時代最古(紀元前2世紀)の石造りの橋の遺構があります。
往時は「アエミリウス橋」という名でしたが、現在は、「ロット橋(壊れた橋)」と呼ばれています。
この島の橋は歴史的に重要なので、紙面を割いてお話しました。
しかし、この島には我々医療人にとって、橋以上に重要な物があります。
医学史上における意義は、間違いなく3本の指に入ります。
この島にローマ最古(即ち、西洋最古)の病院が建てられたのです。
紀元前3世紀初頭、ローマはぺストに襲われ、大勢の死者が出ました。
疫病の鎮静化を願ったローマ人は、ギリシャ神話の医学神アスクレピオスを招くため、遠くギリシャのエピダウロスまで船で赴きました。
アスクレピオスは蛇に姿を変えて迎えの船に乗り、ティベリーナ島に着いたそうです。
ローマの人々は、紀元前291年、アスクレピオスを祀る神殿を島に建てました。
神殿の前は病気の回復を願う人々であふれました。
島はローマ人の生活地域から離れているため、感染予防の点からも効果的でした。
この島は、全体として石灰岩でできていますが、アスクレピオスを船で運んだ故事を伝えるため、船の形に造られています。
島の南端には船首の形をした遺構もあります。
西洋医学では、ギリシャ神話に登場するアスクレピオスが医学の神様とされます。
このアスクレピオスは、オリンポス12神の一人であるアポロ(アポロン)の子です。
アスクレピオスについては、平成33年8月1日のヴェネツィア編、平成34年10月1日・平成35年9月1日・平成36年1月1日のフィレンツェ編でも述べましたので、ご覧下さい。
医神と崇められたのはアスクレピオスだけではありません。
長男マカオンは外科の、次男ボダレイオスは内科の守護神となりました。
長女ヒュギエイアは健康の女神として英語の「衛生学hygiene(ハイジーン)」の語源となり、次女パナケアPanaceaは薬・癒しの女神です。
パナケアPanaceaはギリシャ語では「全てを癒す」で、現代英語でも「万能薬」を意味します。
まさに、アスクレピオスの家族は医学神の一家なのです。
アスクレピオスは病人やけが人を往診して癒しを与えましたが、いつも一匹の蛇が巻きついた杖を持って訪れました。
そして、「1匹の蛇が巻きついた杖」その物が西洋医学のシンボルマークとなりました。
次号に続く