令和4年6月1日
魚市場と胃袋
リアルト橋の近くに魚と野菜などの市場(いちば)があります。
現在はリアルト市場と呼ばれていますが、昔からペスケリア"Pescheria"(魚市場、鮮魚店)という名で親しまれてきました。
ラグーナ(干潟)やアドリア海で捕れた魚介類が売り買いされる場所として発展してきたからです。
今では魚だけではなく、野菜・果物、肉、チーズ、生ハムの専門店やバール(酒場)なども並び、大変賑(にぎ)わっています。
リアルト市場は12世紀に誕生しました。
ヴェネツィアで最古の市場として知られており、地元の人々やレストラン関係者もここで買い物をします。
ヴェネツィアの台所として、人々の食生活を垣間(かいま)見ることができます。
上野のアメ横と違って、店員は威勢の良い掛け声を出したりしませんが、気さくに客の注文に応じています。
昔は、この市場から出た魚や野菜のゴミを、リアルト橋から運河に投げ捨てていたそうです。
魚市場には、gastronomia(ガストロノミア)という看板がアチコチにあります。
私のような医者は"gastro-"(ガストロ)と聞けば、gastritisガストライティス(胃炎)、gastrocameraガストロカメラ(胃カメラ)、gastric cancerガストリック キャンサー(胃癌)などのように、すぐ「胃」を思い浮かべます。
けれども、ガストロノミアは胃袋を売っている店ではありません。
「料理法」や「美食」という意味で、要するに「食料品店」「惣菜(そうざい)屋」です。
ギリシャ語gasterガステル (胃、腹)がラテン語を経て、胃に入るもの→食料→うまいもの→料理などと、意味が変化していったのです。
gastronome ガストロノーム(美食家、料理名人)、epigastriumエピガストリウム (上腹部)、gastralgiaガストラルギア(胃の痛み)、gastroenteritisガストロエンテライティス(胃腸炎)なども、みんなこれから派生した言葉です。
そう言えば、日本にはガスター"Gaster"という胃薬や、ガスト"Gast"というレストランもありますね。
両方とも胃袋に因(ちな)んで名付けられたのでしょう。
今回でヴェネツィア編を終わります。