令和元年12月1日
前号に続き、精神医学の分野における疾患や症状に付す病名・呼称について、私見を述べます。
2.認知症
認知症とは後天的原因により生じる知能の障害です。
かつては、「痴呆(ちほう)」と呼ばれていましたが、2004年に「認知症」に改められました。
「痴呆」は英語のdementia、ドイツ語のDemenzの訳語ですが、これらはラテン語の形容詞demens(正気ではない)(否定を表す接頭辞de+mens (正気))に由来します。
明治初期には「痴狂」などと訳されていました。
その後、「狂」の文字を避ける観点から「痴呆」が提唱され、定着したのです。
「痴」「呆」それぞれの文字について見てみましょう。
「痴」は「愚(おろ)か」「不届き」という意味であり、「白痴」「痴漢」などの熟語があります。
「呆」は「ぼんやり」とか「あきれる」という意味です。
「阿呆(あほう)」「呆然(ぼうぜん)」などの熟語があります。
厚生労働省の「『痴呆』に替わる用語に関する検討会」は「痴呆」は「あほう」「ばか」に通じ、侮蔑(ぶべつ)的な表現である上に、「痴呆」の実体を正確に表していない、と報告しました。
そして、「痴呆」を「認知症」に変更するべきだ、と結論づけたのです。
「認知症」の最大の危険因子は加齢です。
我が国の65歳以上の高齢者における「有病率」は実に15%(約500万人)と推定されています。
つまり、精神医学的には、認知症はすべて疾患(病気)扱いなのです。
認知症の基礎疾患は様々(さまざま)ですが、基本的には、アルツハイマー病、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、脳血管性認知症の4つとされています。
この4つの内、最も多いと考えられているのが、有名なアルツハイマー病です。
しかし、これら4つの疾患のどれかに診断を確定させたところで、いずれにも根治的な治療法は存在しないのです。
私は「痴呆」や「呆(ぼ)け」という言葉を差別用語だとは思いません。
「痴呆」「呆け」には、老化現象は誰もが避けられない自然現象だから素直に受け入れよう、というニュアンスを感じます。
人間的な変容を許容する名称だと思うのです。
「色呆け」「時差呆け」「遊び呆(ほう)ける」などと言いますよね。
味わいのある言葉だと思います。
医者が高齢者を認知症と診断し、アルツハイマー病、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、脳血管性認知症のどれかに分類するのは、患者を病気の類型に当てはめる作業です。
それに対して、「痴呆」や「呆け」という言葉は、お年寄りの人物像を表す、情緒的で暖かみのある呼称だと、私は思います。
次号に続く