令和元年7月1日
前々号、前号に続いて、差別用語・放送禁止用語の例を紹介します。
「片手の無い人に対する蔑称(べっしょう)」と勘(かん)違(ちが)いする人からの糾弾(きゅうだん)を恐れて、マスコミが自主的に使用しないようにしているそうです。
実に愚かな自主規制です。
片手落ちとは「片-手落ち」なのです。
すなわち、片方に対する配慮を欠いた、一方的で不当な裁定(さいてい)という意味です。
決して、障害者を揶揄(やゆ)する言葉ではありません。
しかしながら、残念なことに、NHK大河ドラマ「元禄(げんろく)繚乱(りょうらん)」(18代目中村勘三郎が主演した忠臣蔵(ちゅうしんぐら))では、将軍・徳川綱吉(つなよし)の片手落ちの裁定を、劇中で「片落ち」と言い換えたそうです。
ちなみに、忠臣蔵を知らない方のために、簡単に解説します。
赤穂(あこう)藩主(はんしゅ)・浅野(あさの)内匠頭(たくみのかみ)が自分を散々(さんざん)辱(はずかし)めた幕臣(ばくしん)・吉良(きら)上野介(こうずけのすけ)に江戸城・松の廊下(ろうか)にて切りつけた刃傷(にんじょう)事件が物語の発端(ほったん)です。
狂気の将軍・徳川綱吉は浅野内匠頭を即日切腹させましたが、吉良上野介にはお咎(とが)め無(な)し(無罪釈放)としたのです。
幕府が当時の定法(じょうほう)(しきたり)である「喧嘩(けんか)両成敗(りょうせいばい)(喧嘩をした者を両方とも同じように罰(ばっ)すること)」を完全に無視して、一方的な裁定を下した訳です。
まさしく、片手落ちの沙汰(さた)(裁定)です。
大石(おおいし)内蔵助(くらのすけ)以下、赤穂藩士(はんし)達は浪人(ろうにん)(赤穂浪士(あこうろうし))となり、主君(しゅくん)・浅野内匠頭の無念を晴らすため、周到な準備を重ねますが、その間に仲間は次々に脱落していきました。
最後まで残った47人の浪士達は、ついに1年9カ月後の 元禄15年12月14日(1703年1月30日)未明に、本所(ほんじょ)松坂町(まつざかちょう)の吉良上野介邸(てい)へ討ち入りました。
そして、見事に吉良の首をはねて仇(あだ)討(う)ちを果たしたのです。
その後、寺坂(てらさか)吉右衛門(きちえもん)を除く46人の浪士達は、やはり将軍・徳川綱吉の沙汰により切腹させられましたが、晴れ晴れとした気持ちで散っていきました。
それにしても、片手落ちを「片落ち」と言い換えるとは・・・?
視聴者からの的(まと)外(はず)れのクレームを恐れて、事前に回避(かいひ)した訳です。
天下のNHKが何と情けない事でしょう!
私は忠臣蔵が大好きで、「元禄繚乱」のビデオも持っていますが、この言い換えには気が付きませんでした。
・びっこ、びっこをひく
脚(あし)の不自由な人、脚に障害のある人、左右が不揃(ふぞろ)いの履物(はきもの)をびっこと言います。
しかし、脚に障害がなくても、片方の足首をくじいたら、誰でもびっこをひく訳ですから、これを差別用語として避けるのは過剰(かじょう)反応と呼ばざるを得ません。
高校野球を実況中継するアナウンサーが、走塁中のランナーが転倒した際、「びっこをひいています」と言ったら、視聴者から差別用語だとクレームが来たそうです。
私に言わせれば、文句を言う方がおかしいのです。
アナウンサーという言葉のプロが、不当な言いがかりの前に尻込(しりご)みしていては、日本語の豊かな表現力を自ら奪うことになります。
次号に続く