平成31年2月1日
今月から、差別用語の言い換えに潜(ひそ)む偽善について、私の考えを述べます。
河島英五という音楽家をご存じでしょうか?
私の大好きなフォークシンガーで、代表曲は「酒と泪(なみだ)と男と女」(1975年(昭和50年)発表)です。
私と同世代か、それ以上の団塊の世代には、今でもカラオケで歌う方も多いと思います。私もその一人です。
私は大学生の時、河島英五のコンサートに2度行きました。
ギターをかき鳴らしながら、大声で1曲1曲、魂(たましい)を込めて歌う姿は感動的でした。
レコード(CD)を聴けば分かりますが、歌は決して上手(じょうず)とは言えません。
ダミ声です。けれども、一生懸命歌うので、心に響きます。
思い切りギターを弾くため、歌っている最中にギターの弦が次々に切れていきます。
1曲終わると、6本の弦のうち1本しか残っていない事もありました。
その河島英五の曲の中で私が「酒と泪と男と女」以上に好きなのが、「てんびんばかり」という曲です(「酒と泪と男と女」と同じ1975年(昭和50年)発表)。
その歌詞に、次のような一節があります。
母親が赤ん坊を殺しても仕方のなかった時代なんて悲しいね。
母親が赤ん坊を殺したらキチガイと言われる今は平和な時。
河島英五は2001年(平成13年)に、まだ48才という若さで、肝硬変にて亡くなりました。彼の情熱的な歌を聴けなくなったのは大変残念です。
しかし、私には、彼の死以上に、悲しい事があります。
彼は、自ら作詞・作曲した「てんびんばかり」を、最後まで自分の歌詞通りに歌う事ができなかったのです。
1993年(平成5年)発表のアルバム「河島英五 自選集」の中の「てんびんばかり」では、上記歌詞の「キチガイ」の部分を「オカシイ」という言葉に言い換えています。
2000年(平成12年)発表のアルバム「河島英五 ベスト撰集」の中の 「てんびんばかり」では、「キチガイ」が「ピー」という機械音にかき消されています。
私はこれを聞いた時、大変ショックを受けたものです。
そして、2001年(平成13年、死の直前)発表のアルバム「河島英五 LAST LIVE〜今日は本当にありがとう」の中の「てんびんばかり」では、「キチガイ」の部分を歌わずに、沈黙して空白を入れているのです。
恐らく、これらの言い換え・音消し・沈黙は、「キチガイは差別用語だから、使うな」とのクレームを受けて、やむを得ず執(と)った措置なのでしょう。
自分が作詞した通りに歌えなかった彼の心情は、察するに余りあります。
次号に続く