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Exploring the History of Medicine, Part 51: Florence, Part 31
平成29年8月1日
タバコが如何(いか)に有害であるか、続きを述べます。
2.ニコチン 続き
私が中学生時代に愛読した、エラリー・クイーン作「Xの悲劇」でも、革手袋をはめた車掌(犯人)が市電の中で、針を刺したコルクを用いて人を殺害するシーンが描かれています。
針の先にはニコチンが塗ってあり、犯人は自分の手には刺さらないように革手袋をはめて、このニコチンボールを被害者のポケットに忍ばせたのです。
名探偵が、暑い夏に革手袋をはめていても怪しがられない人物は車掌だけだ、と推理して犯人を当てました。
ニコチンが如何に猛毒か、中学生の私にもよく理解できる話でした。
ニコチンは、ほぼ全ての生物に対して毒性を発揮するため、殺虫剤としても使用されています。
また、ニコチン自体に発癌性はないものの、代謝物であるニトロソアミンに発癌性が確認されています。
さらに恐ろしいのは、ニコチンがヘロイン・コカインと同程度の強い依存性を有する事です。
喫煙というやり方でニコチンを摂取すると、血中濃度上昇が速やかで、摂取から脳循環にいたる時間が短く、強い依存性が発現します。
タバコを吸うという行為が、ニコチン中毒患者を生産するのには最適の方法なのです!
ニコチンの特徴は、最初に摂取した際には、ほとんど快感を感じない、という事です。
これは、ニコチンが他の依存性薬物と異なる点です。
ニコチンを反復摂取する事により、脳内報酬系の枯渇(身体的依存)が生じます。
こうして、初めて、ニコチン摂取により、快感を覚えるようになります。
脳内報酬系とは、脳において、欲求が満たされた時に活性化し、個体に快感を与える神経系の事です。
すなわち、喫煙者が主観的に感じる、喫煙によるストレス緩和効果は、離脱(報酬系の枯渇)症状を緩和する効果でしかありません。
喫煙にストレス解消効果という「効用」など存在しないのです。
有害物質摂取による害を否認し、その必要性を錯覚する病態を「心理的依存」と呼びます。
ニコチンは強固な心理的依存を誘発するのです。
「タバコを吸わないと、イライラして仕事の効率が落ちる」
「タバコを吸うとストレス解消になる」
という方が私の周りにも大勢います。
彼らは皆、ニコチンに対して心理的依存に陥っています。
これが、まさしくニコチン中毒です。
ところが、ある高名な免疫学者が、著書の中で次のように述べています。
「タバコが自分にとって唯一の息抜きやストレス解消だという人は、自分の意志の弱さと戦ってまで無理に禁煙する必要はない」
これは、ニコチンの心理的依存を肯定する暴言です。
彼は免疫学者としては立派な方です。
けれども、このように愚かな発言をするとは大変残念です。
自分の発言の影響がどれほど大きいか、よく考え猛省して頂きたいものです。
次号に続く