平成23年4月1日
今月は、「健康情報のウソ・ホント 第6回 コンドロイチン、ヒアルロン酸、グルコサミン」を掲載する予定でしたが、先月11日に東北・関東大震災が発生したため、急遽(きゅうきょ)予定を変更して、放射線被曝に関して私の考えを述べます。これを書くために、本棚の奥で埃(ほこり)をかぶっていた放射線医学の教科書を引っ張り出してきて、勉強し直しました。私がこれほど放射線の勉強をしたのは、29年前の医師国家試験受験の時以来です。
我々日本人が過去に経験した事のない大地震と、直後に発生した大津波は、太平洋戦争以来の甚大な被害を東北・関東地方にもたらしました。さらに、東京電力福島第1原子力発電所で放射性物質の放出事故が起きました。原子炉の被害状況や修復作業に関するニュースが連日、間断(かんだん)なく報道されています。心配でテレビにかじり付いている方も多いでしょう。流出する放射性物質やその量・拡大範囲について、時々刻々と状況が変化していますので、原子炉周辺の外部被曝に関しては、事態の推移を見守りたいと思います。
原発事故に付随して、農産物の出荷制限や水道水の摂取制限といった2次的な被害まで発生しています。まさしく、世の中、大騒ぎです。
今月の主題は、農作物や水道水の放射能汚染に対して、政府も国民も過度に敏感になり、過剰反応しているのではないかという懸念です。
政府は3月21日、福島、茨城、栃木、群馬の各県知事に対して、各県産のホウレンソウとカキナ、福島県産の原乳について、出荷を控えるよう指示しました。23日 には、出荷制限の拡大と摂取制限まで指示しました。すなわち、茨城県産の原乳とパセリ、福島県産の小松菜、キャベツ、ブロッコリー等の出荷を控えるよう指 示すると同時に、国民に対しても、福島県産のホウレンソウ、小松菜、キャベツ等については、当分の間、食べるなとの指示を出したのです。
このような出荷制限や摂取制限が行われたのは、野菜や原乳から、食品衛生法の暫定(ざ んてい)規制値を超える放射性ヨウ素や放射性セシウムが検出されたためです。日本政府の姿勢に呼応して、アメリカ、香港、中国、韓国、シンガポール、オー ストラリア等が、続々と、福島県等で生産された乳製品、野菜、水産物等の輸入を停止すると発表しました。日本政府やこれらの国々の対応は、一見、当然の措 置のようにも思えます。
でも、ちょっと待って下さい。そもそも、暫定規制値とは何でしょうか?
実は、食品に含まれる放射能に関する、食品衛生法上の規制など、先月まで存在しなかったのです。今回の福島第1原発事故の発生を受け、厚生労働省が慌(あわ)てて各自治体に通達したのが暫定規制値です。一時的に設けたので「暫定」と呼ぶのです。
では、暫定規制値は、一体何を根拠に決められたのでしょうか?
厚生労働省の説明では、以下の通りです。
国際放射線防護委員会の2007年勧告に基づき、1年間の積算被曝線量の上限を、放射性ヨウ素では50mSv(ミリシーベルト)、放射性セシウムでは5mSvとし、それを食品・飲料水の平均摂取量で日割り計算して算出した、放射能濃度の上限を暫定規制値と定めたのです。
ちなみに、mSvとは、人体が放射線を受けた際の影響の度合いを表す単位です。
これだけでは、判りにくいので、もう少し詳しく説明しましょう。
mSvが放射線の影響を表すのに対し、放射性物質が放射線を放出する能力(放射能)を表す単位をBq(ベクレル)といいます。放射性ヨウ素では1Bq=2.2/100,000mSv、放射性セシウムでは1Bq=1.3/100,000mSvという関係になっています。
この関係式を用いて、1年間の積算被曝線量から食品・飲料水に含まれる放射能の上限を算出した値が暫定規制値です。こうして算出された、各食品ごとの1kg当たりの暫定規制値は以下のごとくです。放射性ヨウ素は、飲料水・牛乳で300Bq、野菜で2,000Bqです。
また、放射性セシウムは、飲料水・牛乳で200Bq、野菜で500Bqです。
では、放射性ヨウ素とホウレンソウを例にとって、実際、毎日どれほどのホウレンソウを摂取したら年間積算被曝線量の50mSvに達するかを計算してみましょう。1日に摂取するホウレンソウの量をX(Kg)とすると、2,000(Bq)×X(Kg)×365×2.2÷100,000=50の式が成り立ちます。これより、X=約3.1kg(10束(たば))となります。毎日3kg(10束)以上のホウレンソウを1年365日食べ続けなければなりません。しかも、健康に影響を及ぼす可能性のある放射線量の目安は年間100mSv(50mSvの2倍)と考えられていますので、健康被害を受けるためには、毎日、ホウレンソウを3.1kgの2倍の6kg(20束)以上食べなければなりません。牛や馬じゃあるまいし、ホウレンソウ6kg(20束)以上を365日食べ続ける事ができる人は漫画のポパイぐらいです。
暫定規制値その物が、かなり厳しく安全側に「規制」された値である事が判ります。
福島県と関東地方の1都6県の知事が「暫定規制値が国際的にも厳しすぎる」と政府に抗議したそうですが、当然です。上述したように、暫定規制値の厳しさは 現実離れしています。しかも、露地栽培とハウス栽培では汚染度が全く異なる(当然、ハウス栽培では少ない)にもかかわらず、その区別もせず十把一絡(じゅっぱひとから)げに規制しています。これでは、野菜を丹精(たんせい)込めて育てている農家の方々は、たまった物ではありません。死活問題です。無論、露地栽培野菜でも水で洗えば汚染物質は流せます。
キャベツなら1、2枚皮をむけば、中は汚染されていません。
出荷制限や摂取制限など必要ないのです。
しかも、健康に影響を及ぼす可能性のある放射線量100mSvの具体例として、よく示される数値が、日本人全員が年間100mSvの放射線を被曝すると癌死が30%から30.5%に0.5%上昇するという推計です。これとて、受動喫煙により肺癌で死亡する確率0.7%を下回っています。要するに、暫定規制値の2倍の6kg(20束)以上のホウレンソウを毎日1年間食べ続けても、受動喫煙ほどの害はないという事です。
皆さんも、茨城県や千葉県の野菜が売られていたら、迷わずドンドン食べましょう。
以上の説明を読んでも、今なお、茨城県や千葉県のホウレンソウを捨ててしまう人は、捨てるのをやめて、どうぞ当院まで送って下さい。私は、本来、ホウレンソウが苦手なのですが、お浸しにして、家内と二人で意地でも全部食べてみせます。
次号では、飲料水からの放射線被曝について書きます。
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