2009年2月1日
前回も冒頭で述べましたが、日本の周産期医療、ひいては医療制度その物が崩壊寸前であり、その本質的な原因は次の2点に集約出来ます。
1.国の社会保障費削減政策 2.増加する医療訴訟
最近、様々なテレビ番組や新聞で日本医療の崩壊が取りあげられていますが、上の2点をその主因として挙げている番組や記事は皆無です。昨年12月21日(日)に放送されたNHKスペシャル「医療再建」をご覧になった方も多いと思いますが、2時間の番組中、上記2点のいずれについても一言も触れられませんでした。日本医師会の副会長も厚生労働省の課長と共に討論に参加していましたので、上記2点のどちらかについて言及してくれる事を期待しましたが、残念ながら厚生労働省課長と同様に的はずれな解説に終始していました。もっとも厚生労働省課長が「医療崩壊」の真の原因(特に上記1.)について理解(自覚)していれば、今日のような医療のていたらくを招いてはいなかったでしょうが・・・。
繰り返しますが、私は上記2点こそが「医療崩壊」の主因であると確信しています。
では、今回も前回に引き続き、我が国の「医療崩壊」の原因の一つである社会保障費削減政策と、それによってもたらされた医師不足について述べます。
日本の医師数は、現在、計26万人で、人口10万人当たり201人です。これは、世界192ヶ国中63位と中位の水準であり、OECD(経済協力開発機 構)30ヶ国中では27位と先進国の中では最低クラスです。当然、G7(先進7ヶ国)では最下位です。OECD平均(人口10万人当たり310人)並みに
するためには、日本の医師数は計38万人必要ですので、12万人も不足しています。一方、WHO(世界保健機関)の統計によると、日本人の平均寿命は世界 最高、新生児死亡率は世界最小と、日本の医療水準は総合評価世界1位です。つまり、日本は安い医療費と少ない医師数で「世界一」の医療を行っているので す。
日本の医師の労働環境は、実際どうなっているでしょうか?日本医労連が2007年に行った実態調査によると、宿直勤務の翌日も連続して朝から勤務する医 師は96%に達し、3割近くの医師が調査前1ヶ月間の休日がゼロだったと回答しています。また、栃木県医師会が昨年(2008年)発表した就労実態調査で
は、常勤勤務医の3人に1人が、厚生労働省が過労死と認定する月100時間以上の時間外労働を行っていました。
さらに、対象を産婦人科だけに絞ってみましょう。日本産科婦人科学会が全国の産婦人科勤務医を対象に行った勤務実態アンケートの中間集計結果が昨年発表 されました。これによると、当直体制をとっている病院に勤める医師の月間在院時間は平均301時間、月間オンコール時間は平均118時間にも達します。
301+118=419時間、419時間÷30(日)=約14時間ですから、1日も休まず1ヶ月間働いても、1日平均14時間も病院に拘束されている計算 になります。すなわち、産婦人科勤務医のすべてが過労死の認定基準を満たしているのです。「世界一」の日本医療、とりわけ産科医療は、過酷な労働条件下で 我が身を削って献身的に働く医師達によって支えられている事がお判りでしょう。
政府は、昨年(2008年)の前半まで、「医療法施行規則第19条」を根拠に、「我が国の医師数は充足している。医師が不足しているのではなく、地方や 科目によって偏在しているだけだ」と主張し続けてきました。この法律は、病床数や外来患者数によって病院の医師数(配置基準)を定めた法律ですが、これが
制定されたのは何と60年前の昭和23年です。しかも、昨年、東京新聞が行った調査によると、関東1都6県(東京、神奈川、千葉、埼玉、茨城、栃木、群 馬)の自治体病院(都立病院、県立病院、市立病院、町立病院等)の9割が、この法律に定められた医師数を満たしていない事が判明しました。つまり、政府の
「医師数は充足している」という主張は虚偽である事が明らかになったのです。60年前の医師配置基準すら満たせずに、現代の高度医療を安全に行える訳がな いではありませんか!「これで良いのか!?日本の医療 第4弾」で、都立墨東病院産婦人科の常勤医師が5年前から「定数」の9人を下回っており、昨年6月
からとうとう3分の1の3人になってしまった事を述べましたが、この「定数」とは60年前の法律で定められた基準だったのです。60年前の基準の3分の1 の医師数で「総合周産期母子医療センター」の役割を果たす事を期待する方が土台無理というものです。私は、昨年の妊婦死亡事件で非難の集中砲火を浴びた都 立墨東病院産婦人科の医師達が気の毒でなりません。
次回も、引き続き、社会保障費削減政策と医師不足について述べます。