2008年 9月18日
これで良いのか!? 日本の医療
当院は今月の18日で開業満8周年を迎えました。本来なら、「地域の皆様に愛されてきたからこそ」と素直に喜びたい所ですが、現状はそう単純ではありません。何しろ、政府はこの10年間、医療費抑制政策を執り続けてきました。その結果、今、正に医療崩壊の危機に瀕しているのです。医療崩壊と聞くと、皆さんは、全国各地の病院が勤務医不足のために休診や閉院に追い込まれている事を思い浮かべるでしょう。しかし、病院だけではなく、皆さんにとってより身近な近所のお医者さん、市の健康診査、さらにはご自身が加入していらっしゃる健康保険制度その物にも崩壊の危機が迫っているのです。しかも、それは、政府が、「国民に説明し了解を取る」という過程を経ずに、一方的に推し進めている政策なのです。では、具体的に説明しましょう。 まず、今年4月に導入された「後期高齢者医療制度」です。この制度は平成18年に政府が強行採決によって成立させた「医療制度改革関連法」の一つなのですが、政府はこの2年の間にその具体的な内容を殆ど説明せずに、本年4月から予定通り施行してしまいました。多くの国民は、年金から保険料が自動的に天引きされて初めて保険料の大幅引き上げに驚き、反対運動が日本各地で起きていますが、この制度の問題点はそれだけではないのです。
「後期高齢者医療制度」の最大の問題は、この制度の根幹とも言える「後期高齢者診療料」という診療報酬にあります。政府は、これを「高齢者を主治 医が総合的に診るための報酬」で「1カ月に何回受診しても患者の負担は変わらない」「どんなに検査や処置を受けても負担は月600円で済む」と、大変素晴
らしい制度であるかのように宣伝していますが、内実は全く違います。政府がこの報酬を設けた目的は、75歳以上の高齢者が複数の医療機関にかからないよう にし、なおかつ、その診療費を1カ月6,000円余りという低額に押さえる事なのです。
分かり易く説明するために、仮に、80歳の患者Aさんが、糖尿病でB内科医院を、高血圧でCクリニックを、蕁麻疹でD皮膚科医院を、脊柱管狭窄症でE整 形外科を、それぞれ定期的に受診しているとしましょう。もし、B内科医院がAさんの診療を「後期高齢者診療料」のもとに引き受ける事にしたとします。B医
院には毎月6,000円という報酬が保証されますが、これには「医学管理」という診察料、検査、画像診断、処置が包括されています。つまり、どんなに検査 をしようと、レントゲンを撮ろうと、何回鎮痛処置に通おうと、B医院が得る報酬はたった月6,000円です。診療すればするほど経費が増えるのですから、
B医院はAさんに対してなるべく検査等を行わないようになるでしょう。Aさんが「お腹が痛い」と訴えても、エコー検査をしても1円にもならないので、薬だ け処方して終わりにするでしょう。その結果、胃癌や胃潰瘍の診断が遅れ、早期発見・早期治療が困難になります。しかも、B医院が「後期高齢者診療料」を算 定すると、C、D、Eの医療機関は「医学管理」という診察料がもらえない決まりになっているのです。
C、D、EはAさんを診療しても診察料をもらえないのですから、Aさんをあまり熱心には診なくなるでしょう。やがて、AさんはC、D、Eにはかからなくな り、Bだけに通うようになるでしょう。脊柱管狭窄症のため腰痛がひどいAさんはBで、毎日腰のリハビリを受けたいと申し出ますが、何回診療しても
6,000円以上に収入が増えないBは、リハビリの職員をタダ働きさせる訳にもいかず、1カ月分の薬を出してAさんを帰してしまうでしょう。一方、C、 D、Eの各医療機関は患者を紹介し合い、連携する事によって、地域の医療機関としての役割を果たしてきましたが、Bに患者を紹介すると自院には戻って来な くなってしまうため、Bには紹介しなくなるでしょう。
それだけではありません。Cも患者の囲い込みをねらって「後期高齢者診療料」を算定せざるを得なくなります。こうして、地域の医療連携は崩れていくのです。
我々の先達が50年かかって営々と築き上げてきた「いつでも、誰でも、どんな病気でも、どこへでも」受診することが出来る、世界に冠たる日本の医療制度が、今、音を立てて崩れようとしているのです。
神奈川県医師会や藤沢市医師会はこの様な事態を恐れて、各医療機関に「後期高齢者診療料」を算定しないで、今まで通りの診療報酬を請求するよう呼びかけ ていますし、当院もそれに従っています。必要な検査は今まで通りしますし、患者さんが希望すれば必要なリハビリを従来通り行っています。
75歳以上を対象とした「後期高齢者医療制度」はまさしく「安かろう悪かろう」の低価格定額医療で、「姥捨て山」と呼ぶべき悪しき制度です。しかし、政 府は「一人の患者を一人の医師が総合的に診る」という美名のもとにこの制度を定着させ、将来的には前期高齢者(65~74歳)、さらには若年層にまで対象 を拡大する事を企図しています。
私は、社会保険庁に代表される税金の無駄遣いや国民の大切な年金の横領・改ざんを長年に渡って放置しておきながら、医療費を目の敵にして削減し続けてい る国の政策に対し、「もういい加減にしろ!」と叫びたい気持ちで一杯です。衆議院選挙も近々に行われそうです。是非、医療費を増やして国民の健康を守って くれる政治家に一票を投じたいものです。
「一言」がずいぶんと長くなってしまいました。市の健康診査や健康保険制度については、次回以降に述べます。